【あらすじ】
カメラマンとして活躍する高峯江紀に突如降りかかったカメラ専門誌での盗用疑惑。身に覚えはないが説明責任を果たすべく、取材対応を任せていた助手の片岡力から話を聞く。しかし、出版社で違う写真が紛れ込んだとしか考えられない。事故か、事件か……。確たる証拠もないまま、『週刊暁』の御代川と対峙する。

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たどりついた悲しい真実
「映像も写真も好きです。どれも綺麗で感動します」週刊暁の御代川岳が真剣な眼差しで言う。「そうですか⋯⋯ありがとうございます」高峯江紀は硬い表情のまま返すが、皮肉でないことは口調で分かる。
「本題に入らせていただきます」「盗用の件ですか」話題をそらし、のらりくらりと話していても疲れるだけだ。「ええ。情報提供があったものですから確認も含めてお伺いしました。やはり日本人は嫉妬、妬みの人種なのでしょうか。事実ではない情報がよく編集部に送られてくるんです」
事実かどうかは昨夜、助手の片岡力から聞いていた。泣きじゃくりながら話す片岡の姿が浮かぶ。
二週間前に発売されたカメラ専門誌で高峯が特集された。幼少期の話、高校時代の苦悩、カメラマンとしての信念がストーリー仕立てで描かれた。対応したのは片岡だった。インタビューや作品が掲載されることに興味のない高峯は、校正はもちろん掲載誌を手に取ることもない。今回の特集が組まれたときもそうだった。「任せる」の一言で片岡任せにした。八ページで構成された特集は自然、特に海の写真を中心に構成され、カメラマンとしての高峯が持つポテンシャルの高さがあらためて認知されていた。
誰かの目にとまり、少なからず心が温まるような作品になればとファインダーをのぞくたびに考えてきた。生きるために金は必要だが、金のために撮っているわけではない。もし金のためだとしたら、心が疲弊し続かなかっただろう。高峯は自分なりの“誇り”を持って撮り続けてきた。
だからこそ盗用の話を片岡から訊いたときは耳を疑った。なぜ自分を特集するページに他人の作品を掲載する必要があるのか。片岡の言っている意味が理解できなかった。「宮古島の写真を中心に掲載したいと編集部から依頼がきて⋯⋯数十枚をピックアップして編集者に渡しました」落ち着きを取り戻した片岡が続ける。
「八ページのうち五ページは海の写真で、そのうち三ページが宮古島の写真です。先生のイメージにぴったりの構成にしたつもりです」「俺のイメージってどんなんだよ」高峯が苦笑する。「澄んだ写真です」目を腫らした片岡が真剣に答える。「ゲラを確認したときに気がついていれば⋯⋯完全に自分のミスです。すみません!」膝頭に当たる勢いで頭を下げる。宮古島の三本の橋と青い海のコントラストは見た者を感動させる。映像や写真では伝えきれない美しさだが、限りなく近づける努力を常に行ってきた。
「宮古島の写真十二枚のうち、三枚がほかの方の作品でした」「どうしてそんなことになるんだ?というか、どうしてそんなことをする必要がある」高峰が首を傾げる。「誰かが紛れ込ませてしまったか、もしくは⋯⋯」片岡の言葉をさえぎるように、高峯は掲載された特集ページを開く。
「片岡、嘘じゃないな?」「嘘をついても仕方ないです」片岡が高峯の目を見て返す。「分かった」「ただ⋯⋯誰かが紛れさせたという証拠もないんです⋯⋯」「編集部のミスじゃないのか?」「編集に訊いたんですが、絶対にないと言われました」「お前がやったと言われているようなもんだな」「先生⋯⋯」片岡は困ると高峯を先生と呼ぶ癖がある。「そんなことは思ってないから大丈夫だ」強張っていた片岡の頬が少しだけ緩む。
「不思議な部分もあります」「何でも言ってみろ」「うちの事務所にほかの方の作品があるはずがありません。ないものを雑誌社に持って行くはずもありません」高峯がうなずく。「ということは、雑誌社で紛れ込んだとしか考えられないんです」「事故ならまだいいが」「事件ならどうしますか?誰かが故意に差し替えた」片岡には確信があるようだ。
「いずれにしても俺が写真を盗用したという状況ができあがってしまっている」「誰が何のためにやったんでしょうか」「決めつけるな」「雑誌社だってメリットがないじゃないですか」そう話しながら、二人にある言葉が浮かんだ。
「雑誌の特集の件ですよね」高峯が応じる。高峯に向き合う形でソファに座った御代川がボールペンで頭を掻きながら「確認のためです」とうなずく。「事実のようです」高峯が御代川を真っすぐ見て伝える。「事実のよう⋯⋯とは、どういうことですか?」一呼吸おいて御代川が尋ねる。高峯は、片岡から訊いた話を隠すことなく説明した。
黙して耳を傾けていた御代川が唸る。「そんなことってあります?」一部始終を聞いた御代川は怪訝な表情を隠さない。「ご説明が本当だとして、雑誌社には何ひとつメリットがない。自社の評判が落ちるかもしれない、雑誌の信頼性が揺らぐ可能性だってあるわけです。目的が分からない」「だとしても私には盗用するメリットがない」視線がテーブルの真ん中でぶつかる。無言。
「あなたが嘘を言っているとは思えない。とはいえ盗用していないという証拠もない」御代川が静かに問いかけてくる。高峯が首肯する...