アテネ五輪体操男子団体、トリノ五輪の荒川静香選手金メダル獲得の名実況で知られ、その言葉には聞き手の共感を呼ぶ力がある。38年以上、言葉でスポーツを“伝える”ことに取り組んだプロが行きついた極意と広報観とは?
社会に自社の価値をいかに伝えるか。近年、広報の「伝える力」の重要性は増すばかりだ。SDGsの取り組みをはじめ、企業は社会的な価値を積極的に開示する傾向にある。ただし新事業、商品・サービスの社会的な意義についての発信も、他社の追随ではニュース性や共感を見出すことは難しい。加えて次々登場する新たなリスクに対しては、タイミングを逃さない迅速な危機管理広報が求められる。
今回、広報の本質である「伝える力」について、元NHKスポーツ実況アナウンサー、刈屋富士雄氏に話を聞いた。
言葉自体は重要ではない
刈屋氏といえば、2004年アテネ五輪体操男子団体で日本の28年ぶりの金メダル獲得の際、実況を務めた。「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」「体操ニッポン、日はまた昇りました」というセリフを耳にした人も多いだろう。今尚、テレビ史に残る名実況と評されている。
そんな言葉を扱うプロは、伝えることについて「重要なのは、言葉自体ではない。伝わったかどうか」と明言する。「日本語の文法はぐちゃぐちゃでも、たった一言でも、最終的に聞き手に“伝わった”かどうか。結局それがすべてです」(刈屋氏)。
では、“伝わる”ために何が大切か。刈屋氏は「タイミング」と「言葉の選択」だと話す。
まずタイミング。「刻々と展開が移り変わるスポーツの世界では視聴者が実況に耳を傾けるのは一瞬。その瞬間を逃さない反射神経と、視聴者側に寄り添った冷静な判断が必要です」。