「コミュニティ・デベロップメント」を推進する東邦レオは、2019年から広報専任部署を廃止。その意図は、広報業務を全社員に“溶け込ませたい”という背景があったという。2003年、自ら広報部門を立ち上げ、長年務めてきた熊原 淳氏がその意図を語る。
今、広報の在り方は変化してきている、そう指摘するのは、都市緑化資材の製造から店舗運営まで行う東邦レオで長年、広報を務めてきた熊原淳氏だ。その変化とは。熊原氏の広報と共に歩んできた歴史を振り返りつつ、聞いた。
バイブルは『広報会議』!
同氏が自身で広報部門を立ち上げたのが2003年。自社のことをもっと社会に伝えたいとの一心だった。「その当時、中小企業の広報担当者はほとんどおらず、情報もなかった。『宣伝会議』に毎月3ページ掲載されていた広報特集が唯一のバイブルでした」。その後、『PRIR』(現『広報会議』)が発刊。すぐに定期購読を始めたという。
それから15年以上が経ち、広報を巡る環境に大きな変化を感じ始めている。「これまでの広報という既存の仕組みは、メディアが多様化し、様々な人たちに様々な方法での発信が求められる時代となった今、変わりつつあるように感じます」。その変化への対応策として、広報担当者のみならず、各社員が自身の視点から発信するように。「会社全体に広報が“溶け込んでいる”状態」。それを目指すため、広報専任部門を置かなくなったのだ。
もうひとつ、同社社長の吉川 稔氏の別の考えも背景にはあった。それは...
あと60%