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広報担当者の事件簿

メディアと暴力組織の癒着 地に墜ちた暁テレビの信頼〈後編〉

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    【あらすじ】
    暁テレビの役員である伊佐山薫と風間武比古が暴力組織の緑星会と親密な関係であることを示す写真が大東京新聞社会部に届く。暁テレビ広報の永瀬誠は記者の大里真由子から問い合わせを受けるが、何も知らされていなかった。永瀬が疎外感を感じる中、大東京新聞は第一報を報じる。そして暁テレビは会見を聞いた。

    謙虚さを失った者の末路

    “伊佐山常務、風間局長。約束は守っていただきますよ”と印刷された手紙と数枚の写真が大東京新聞社会部に届いたという。電話を受けた広報の永瀬誠に、記者の大里真由子が事実関係を確認してきた。

    「暁テレビ常務の伊佐山薫さん、執行役員事業局長の風間武比古さん。おふたりのことが書かれています。某暴力団組織のトップと収まっている写真も手元にあります。事実をお答えください」大里が冷静な口調で詰めてくる。「そのような情報は当社では把握しておりませんが……」永瀬には情報がない。何も聞かされていなかった。

    「私の手元にあるものにはどういう事情がおありなんでしょうか。それを確認していただけますか」つとめて冷静に訊いてくる。「広報ならそれぐらいのことはできるんじゃないですか」永瀬の対応を暗に非難している。男性主流の社会部にあって女性記者はまだ少ない。永瀬自身は男性偏重のメディア業界に疑問を持っている。自社で考えても、女性のほうが能力は高いとも思っている。しかし、今はそんなことを考える余裕はなかった。

    「少し時間をいただけますか」「少しとはどれくらい?」時間なんて約束できるわけないだろうとムッとしたが、曖昧な返答を繰り返すうちは追及が緩むことはなさそうだった。「一時間ほど」「事実関係を確認いただけるんですね」「……それも含めて確認します」「それも、とはどういうことですか?」「事実関係も含めて、ということです」しつこいよ。永瀬は身体が熱くなってくるのをおぼえた。ようやく解放され受話器を戻すと盛大に息を吐く。

    「何かあったんですか」隣にいた広報部の後輩が心配そうな顔で訊いてくる。「うーん。事実でないことを祈るばかりだな」会話の内容は伝えず、広報部長の滝田秀一の携帯を呼び出す。「大東京新聞から電話がありました。伊佐山さん、風間さんと某暴力団との関係についてです。一時間以内に回答がほしいと言っています」永瀬自身、大里への回答は持ち合わせておらず、社長室にいる滝田に伝えるしかなかった。

    明らかに狼狽した滝田の声で一気に現実味が増す。「そのような情報はこちらには届いておりませんので、お答えのしようがありません」滝田からの指示は、答えのない答えだった。永瀬はため息をつきながら大里の携帯番号を押した。

    大東京新聞社会部にはデスクと呼ばれる次長職の社員が五人いる。毎日、早番と遅番を二人ずつで担当している。今は坂上敏弥が遅番の当番デスクを務めていた。夕方になり、明日の朝刊の早番原稿が現場から上がってくる時間帯だった。

    「暁テレビは何も言いませんね。っていうか、広報は何も知らないんじゃないですかね。伊佐山か風間に直当たりしてみますか」大里が夜回りを匂わす。「まだやめとけ。何も答えない」腕組みをした坂上が大里を宥める。「ほか(の社)にも届いていますよ。抜かれでもしたら、名折れになってしまいます」大里が語気を強めると、机の携帯が震えた。

    「はい、大里ですが。……ということは御社には何も情報が入ってきていないんですね。当社に届いて御社には何も届いていない。そんなことってあるんでしょうか。あなたもメディアの人間なら納得していないことぐらい分かりますよね。素人みたいな答えは必要ありませんよ。こちらはこちらで取材させていただきますので」そのまま通話を切る。

    「暁はあくまでもシラを切るつもりです」椅子にかけたコートを取る。「どこに行くんだ」坂上の問いかけに「直当たりしてきます」と大里が即答する。「まあ待て」社会部に配属されて数カ月しか経っていない、焦るな。坂上が言外に匂わす。「待つ時間じゃないですよ。同じ業界だからって見て見ぬふりをするつもりはないです」「誰が見て見ぬふりをすると言った」坂上の目が鋭くなる。「待てと言ったじゃないですか。このままじゃ他社に遅れますよ」大里が吐き捨てる。

    「今、組対に確認している」メディアは警察の組織犯罪対策部を略称で組対と呼んでいる。「榊さんですか」「ああそうだ。当たらせている」警視庁担当記者の榊誠。社会部のエースである。飄々としているがいつのまにか大きなネタを取ってくる男だった。

    「相手がシラを切り通そうとするなら証拠を集めればいいだけだ。情報が届いていないと言うなら“たった今届きました”と相手が言える環境を整えてやればいい」口角を上げた坂上が大里を視る。目の奥が鈍く光っているように見えた。

    社会の不都合や闇をあぶり出し、追及し、正すことがマスメディアの正義といっていい。存在意義であり価値でもある。暁テレビも大東京新聞も同じ立場で事実の隠ぺいや保身に汲々とする企業を厳しく断じてきた。それが今はどうだ。

    暁テレビはマスメディアという鎧を着てはいるが、中身は数多企業が辿った“保身”の道を進もうとしている。当事者になると周りが見えなくなると聞くが、今の暁テレビは渦中にある...

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