複雑化する企業の諸問題に、広報はどう立ち向かうべきか。リスクマネジメントを専門とする弁護士・浅見隆行氏が最新のケーススタディを取り上げて解説する。
*本記事は2020年10月2日時点の情報をもとに執筆しています。
問題の経緯
2020年10月1日
東京証券取引所における株式売買が2020年10月1日、システム障害により終日停止。これを受け、同所は同日にも記者会見を開催。日本取引所グループの横山隆介CIOが、「運用系の共有ディスク装置1号機のメモリー故障が発生した。本来であれば2号機に切り替わるはずだったが正常にできなかった結果、情報配信ゲートウェイ(相場報道のサーバー)の配信処理に異常が発生した」と説明。同じく会見に出席した宮原幸一郎東証社長は、「投資家の皆さまに多大な迷惑をかけたことを深くお詫びする」と陳謝した。
アンケート上の評価 | |
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●対応が早く、良いと思った(42歳女性) |
メディアからの書かれ方 | |
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●東証、原因究明急ぐ、専門家「管理甘い」-取引正常化に安堵感 |
10月1日の東京証券取引所(以下、東証)のシステム障害。これにより、全銘柄の売買が終日停止しました。システム障害の発生を東証が覚知したのが、同日午前7時4分。東証は午前8時39分ころには第1報となるリリースをウェブサイトに掲載し、その後も終日売買停止を知らせるまで複数のリリースを公表。同日午後4時30分から東証の宮原幸一郎社長、日本取引所グループの横山隆介最高情報責任者(CIO)、東証の川井洋毅執行役員らによる記者会見を行いました。
この記者会見はメディアやSNS上では評判が良いものでした。しかし、この一連の広報対応のすべてがよかったかと言えば、実は、必ずしもそうは言い切れません。そこで、危機管理の観点から、良かった点・改善すべき点について検討しようと思います。
タイムリミットを設ける
危機管理の成否を決めるポイントのひとつは初動の早さです。広報でいえば、できる限り早く事実関係を把握して、公表の要否を判断し、公表する場合にはその内容を整理することが「初動」です。この「できる限り早く」というのは、会社の置かれた立場や役割、影響度によって締め切りの時間も変わります。
例えば、午前中の取引(前場)が始まるのは午前9時からですが、東証は午前8時から証券会社からの注文を受け付けることにしています。午前7時04分には障害を覚知していたのですから、システム障害が発生した事実や復旧しない恐れがあることを午前8時までには周知することが望ましかったのです。そうすれば、証券会社にも投資家にも今日は売買ができない可能性があると認識してもらうことができ、その上で、午前8時までにシステムの再起動による復旧を試みることができたのではないでしょうか。
しかし、報道によると、東証が証券会社にシステム障害が発生した事実を通知したのは午前8時01分。また、ウェブサイトに第1報を掲載したのは午前8時39分ころ。既に証券会社からの注文の受け付けを始めた後でした。証券会社と投資家に周知するには遅かったのです。
果たして、証券会社からの注文受け付けを遮断したのは午前8時54分。証券会社を通じて受け付けた54分間分の注文データが消えてしまう可能性があるため、このタイミングでは、東証がシステムを再起動して復旧を試みるという選択肢を失ってしまいました。それ故に、終日売買停止にせざるを得なかったのです。
こまめな情報発信と謝罪
危機管理広報の狙いは、危機の発生によって被害にあった人や被害にあいそうな人たちが抱く不安や不信感を払拭することです。そのためには、被害にあった人たちや被害にあいそうな人たちに対して謝罪をした上で、マメに情報を発信することが必要です。ただし、その内容は、被害にあった人や被害にあいそうな人たちが知りたがっている情報を提供することです。
今回のケースでは、東証は午前8時39分ころに第1報で東証での売買停止、第2報でToSTNeT取引の停止を知らせましたが、この2つのリリースには謝罪の言葉はなく、復旧の見込みにも言及はされていませんでした。復旧の見込みに言及したのは、第3報が初めてでした。謝罪の言葉に至っては第4報が初めてです。
今回のケースで危機によって被害にあっている人や被害にあいそうな人は投資家です。リリースをウェブサイトに掲載するということは、投資家に対してメッセージを提供しているということです。そうであれば、第1報から謝罪の言葉は最低でも入れてほしかったところです。
第1報は「各別のご高配」などの定型句が入っていますが、これは日常の取引でも使用する言葉ですから、謝罪の言葉とは言えません。また、第4報、第5報では...