元号が令和へと変わり、ビジネスの“常識”も変わった。今回のコロナ禍は、その変化に拍車を掛けた形だ。目まぐるしい環境の変化には、高い反射神経が求められよう。
*本稿は本誌連載「記者の行動原理を読む広報術」の特別編です。
新型コロナウイルス感染症をめぐる騒動は、自粛解除を経て第2幕に入った感がある。感染爆発それ自体より、「新しい生活様式」の導入に伴う企業の収益低下や雇用の減少に焦点が移ってきたからだ。しかし、足元で起きているのは、関心の変化にとどまらない。大げさに言えば、コロナ禍の中で「時代の価値観」自体が大きく転換しつつあると考えた方がよいだろう。SDGs(持続可能な開発目標)も、一過性の流行ではなく、そうした大きな文脈の中で捉える必要がある。
記者は価値観を意識する
記者はニュース価値を判断する際、「時代の価値観」を意識する。例えばジェンダー(社会的性差)観は、この数十年で大きく変わったもののひとつだろう。男女の平等については1979年に国連総会が女子差別撤廃条約を採択。日本も1985年に締結し、「男女雇用機会均等法」を制定した。しかしここ数年は、同性愛や性転換なども含む、より幅広いジェンダーの平等が課題となっている。当然、報道もそうした世相を映して変わっている。
歴史的に見ると、そうした時代の価値観が一気に変わる時期が20~30年に一度、訪れるようだ。戦後で言えば、高度経済成長の終わりを告げた1973年の石油危機、バブル崩壊と重なった1991年の東西冷戦終結がそれにあたる。ベルリンの壁崩壊や天安門事件が起きた1989年に始まった平成は、奇しくも冷戦終結で始まったグローバル化の時代と重なるのだ。
株主資本主義にも変化が
私たちは平成の30年間、どれだけ意識しているかは別として、グローバル化の時代の価値観に浸って生きてきた。国境の垣根が低くなり、人・金・物・情報が世界を駆け巡る。価値観の共有が世界で進み、ビジネスでは海外市場やグローバルスタンダード(世界標準)を追うことが重要になった。裏返せば、昭和の終わりに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と賞賛された、終身雇用や年功序列を特徴とする日本型企業経営は時代遅れになり、変化に乗り遅れた企業は急速に衰退したのだ。
しかし、ここ数年は急速に進んだグローバル化の反動が目立っていた。さかのぼれば2008年の米リーマン・ショックを機に「ウォール街を占拠せよ」のデモが吹き荒れたころから、その兆候はあった。投資家を優遇する「株主資本主義」の行き過ぎで、経済格差の拡大と社会の分断が加速してしまったのだ。2015年に国連でSDGsが採択されたのも、そうした反省を踏まえてのことだろう。
その後...