トップから従業員への語りかけは、企業価値の共有や、モチベーションの向上につながる。両者の架け橋としてコミュニケーションをサポートする広報担当者が知っておきたい、従業員の意欲を引き出すメッセージングのポイントを、言葉のプロに聞く。
コロナによる3密回避が未来を急速に引き寄せた
新型コロナウイルスの感染拡大によって多くの企業がテレワークを導入し、オンラインによるミーティングは新しい日常の姿として定着してきている。テレワークの広がりに対しては経営者も従業員も受け取り方は様々だ。ある人はテレワークでは十分なコミュニケーションができないとストレスを感じ、その一方でテレワークによって生産性が向上し快適になったと言う人もいる。
どちらの受け止め方も否定できるものでないが、ただおそらく間違いないのはアフターコロナと言われる時代になってもテレワークはしっかりと残り続け、リアルなコミュニケーションと併存していくだろうということだ。
ウィズコロナ時代において変化に対応できず、これまでと同じようなコミュニケーションしかできていないようであれば従業員のエンゲージメントが希薄になっていくことが考えられる。では激変する時代においてトップはどのようにメッセージを発信していくべきなのか。危機下においてトップがどうメッセージを発信していくかという視点と、今後さらに浸透していくであろうオンラインコミュニケーションにおいて重要なことは何かという視点を踏まえながら、いくつかの事例とともに考えてみる。
これまでの手法が間違いだったと言い切った日本電産永守会長
私自身が時代の変わり目を大きく感じたのは、日本電産の永守重信会長が日本経済新聞で語っていた記事を読んだ時だ。そこには永守会長がこれまでの経営の在り方を根本的に見直す、という反省のコメントが述べられていた。
「どんなに経済が落ち込んでもリーマンの際は『会社のために働こう』と言い続けた。だが今回は自分と家族を守り、それから会社だと。従業員は12万人以上いる。人命についてこれほど真剣に考えたことはない」
「50年、自分の手法がすべて正しいと思って経営してきた。だが今回、それは間違っていた。テレワークも信用してなかった。収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする。そのために50くらい変えるべき項目を考えた。反省する時間をもらっていると思い、日本の経営者も自身の手法を考えてほしい」。
日本を代表する経営者が自らのこれまでの経営手法を否定し、社員が幸せを感じ、働きやすい会社にするために変えるべき項目を50以上も考えていると発信していたのである。そしてその中で明確にテレワークの重要性についても触れていたのだ。おそらく日本電産の社員は、このメッセージにより何を最も大切にすべきかの意識の統一が図られ、テレワークの推進にも自信を持ったことだろう。
ミスミグループ本社の取締役会議長だった三枝匡さんが著した『V字回復の経営』(日本経済新聞出版)では、改革は常に「強烈な反省論」から始まるとされている。今回のこのインタビューにおける永守会長の発言はまさにこれまでの在り方を否定する「強烈な反省論」であり、トップ自らがここまで自己否定をしながら今後の姿を語ろうとしていることによって、組織に大きな影響を与えたのは間違いないだろう。
経営者自身が自らの在り方を変えることができるかどうか
経営者にとってはこれまでの自分の在り方を否定することは勇気のいることだ。だから変わらざるを得ない状態になった時、その原因を自分ではないものに置き換えたくなってしまう。しかし残念ながらそれでは受け手となる従業員の心が動くことはない。
今回の永守会長のメッセージでは、社員とその家族の安全、そして社員一人ひとりが幸せを感じることを経営の最優先事項とする、としっかり発信されている。これを読んだ社員やその家族は、自分たちの思いをトップが分かってくれたことに喜びを感じ、この危機に力を合わせて乗り切ろうとモチベーションを高めたのではないだろうか。
経営の危機に陥った経営者にとっては、自社の生き残りが最優先事項になるのは仕方のないことではあるが、従業員にとっては会社の存続より自分や家族の命の優先順位が高いのは万人に共通した思いである。それを見誤って会社の存続を最優先にするようなコミュニケーションを取ってしまうと、結果的に従業員の心は離れ、会社の存続は危うくなってしまう。逆に従業員の命や健康を最優先に発信したメッセージは、従業員の心理的安全性を高め、危機を乗り切る挑戦心を奮い立たせることにつながっていくのである。
心が動く、危機を乗り切るトップメッセージ
POINT ① 強烈な反省論
☑経営者として最も大切にすべきものは?
会社の存続→従業員と家族の命
トップ自らが今までの経営方針を見直し、ときに否定することも恐れずに今後の新しい社の在り方を示すことで従業員の心理的安全性や信頼度は高まり、危機を一緒に乗り越えようとするモチベーションにつながる。
【Good!】
日本電産 会長 永守重信氏