広子たちはIR担当として、忙しくも刺激的な日々を送っている。東証が市場区分を3市場に集約するというニュースを受け、IR担当者としての対応を検討しているところだ。
広子:こんばんは。
大森:こんばんは。前回、東証の市場改革の背景やIR担当者としての捉え方を説明したけど、今回は流通時価総額で市場区分を判定するわけについて説明していこう。
東堂:大森さんのお話をお聞きする前に、私の方で考えてきたことをお話ししていいですか?
大森:もちろん、お聞きしましょう。
広子:ちょっと待って、東堂。流通時価総額の重視に疑問を持ったのは私だから、私から。
大森:いいねえ、お聞かせ願おうか?
広子:私は流通時価総額にカウントされない株式に着目してみました。
大森:おっ!そっちか、いいねえ。
広子:カウントされないのは、役員所有株式、自己株式、投信など以外の主要株主の所有株式ですよね。これらの株主は基本的に長期保有で、かつ議決権を通じた経営への関与を意識して株式を保有している特徴があると考えました。
大森:そうだね。利潤目的で株式を買い増したら、主要株主になったというのは稀だろうね。
広子:はい。問題は、経営への関与を意識しているはずなのに、会社の意志というか、会社経営者、会社オーナーと同じような判断をし、行動するのではないかという点です。こうした行動は、コーポレートガバナンス的に問題があるという評価になると考えました。なので、それらの株式を除いた時価総額で一定の大きさを要求するのではないでしょうか。
大森:非常に面白い観点だね。東堂さんは別の観点で考えていたのかな?
投資環境を良好に保つ
東堂:はい、私はもっと単純にIRの役割から考えました。大森さんの指摘は、「IRの本業は何だい?」と聞いている気がしました。基本的なIR業務の目的を考えると、投資情報を広く投資家に正確に適時に提供することだと思います。売買の投資判断が一方的にならないよう、常に売買の需給のバランスを良くすることが理想です。
大森:ふむふむ、いいね。
東堂:一方で売買の量も必要です。流通時価総額のもととなる株式は、一般的に、短期的に売買される可能性が高いので、売買の需要の予備集団となります。
大森:取引の参加候補が多いということだね。
東堂:そうです。取引参加者が多い市場に情報を均一に提供すれば、多くの投資機会が発生するので、値動きが緩やかになり、出来高が多くなります。これにより株式投資リスクである、流動性リスクと価格変動リスクを軽減できることになり、魅力的な投資商品として評価することが可能となります。
広子:東堂こそ、よく考えたじゃない。IRの業務は、いつでも適切な価格で売ったり買ったりできる環境を、投資家に提供することよね。
大森:株式投資リスクの内、価格変動リスクや信用リスクは、投資家が自分の資産を勘案して、投資先を選択すればいい。これらのリスクをとり大きなリターンを求めるか、避けるかの判断をすればいい。でも、流通リスクは基本的にトレードオフになる要素が少なくて、所有するリスクではないね。
上場会社のガバナンス
大森:さて、東堂さんに見破られていたけど、僕は「IR業務はどんな仕事だっけ?」という意味で疑問符を投げかけた。そういう意味では東堂さんの回答が模範解答なんだけど、広子さんのガバナンスの考察を少し掘り下げて考えてみよう。
広子さんは「コーポレートガバナンス的に問題だ」と発言したけど、主要株主や役職員株主が例えばオーナーと同じ判断や行動をしがちになることは、なぜ問題なんでしょうか?
広子:オーナーの行動を監視する役目が担えないからじゃないですか?
大森:そもそも一般の株主にできるのかな。できないから、社外取締役を招聘させたり、スチュワードシップ・コード(SSコード)で機関投資家などのプロに頑張ってもらったりしようとしているんじゃない?それに資本主義は多数決だから、多数派の株主の声に引っ張られるのは当たり前ではないの?
広子:そうなんですよね。コーポレートガバナンスは「会社は誰のもの」が出発点だと思うんですが、制度化されるとコンプライアンス的というか、公共的な要素が目立っていて、そもそもの議論とは少しずれている気がします。
大森:今、“公共的”と表現したけど、株式上場を選択したからには、公器である部分が発生する。単純な多数決で有利な一部の大株主のためだけでなく、少数株主を含めたすべての株主に平等な企業自治が求められるということだと思うよ。
広子:そうすると、流通時価総額はまさに少数株主たちの持株ですね。
大森:今回の東証の市場改革には、「上位市場には少数株主保護を意識した銘柄を残すというメッセージが込められているかも」というまとめになるね …