1980年に創刊したギターの専門誌『ギター・マガジン』、通称『ギタマガ』。2016年に「大特集主義」に編集方針を転換し、完売の号も頻発している。同誌のプロデューサーと新編集長に、読者を巻き込むコンテンツについて語ってもらった。

(左から)リットーミュージック『ギター・マガジン』編集長の河原賢一郎氏、同誌プロデューサーの尾藤雅哉氏。
前編集長がプロデューサーに
──まず、現在の編集体制と、プロデューサーの役割について教えてください。
河原:プロデューサーの尾藤と、編集部5人の計6人で進めています。尾藤はギター・マガジンの名前を冠したリアルイベントやウェブで情報を発信するデジタルコンテンツの企画をプロデュースします。これまでもリアルイベントやデジタルの企画へは編集部で取り組んできましたが、2019年からは役割を切り分けているんです。
尾藤:プロデューサーとして、誌面の特集を体感できるイベントにつなげるなど、誌面と連携しながらやっていく予定です。とはいえ、プロデューサーになって日が浅いこともあり、何をやるかはまだまだ模索中ですね。
紙だからこそ「重い情報」を
──『ギター・マガジン』といえば、100ページを超える「大特集主義」で売上を伸ばしています。現在のような編集方針となったのは2016年とのことですが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
尾藤:僕が編集長になったのは2014年ですが、それ以前から「紙の本だけをつくっていく時代じゃなくなっていくんだろうな」という考えが頭の片隅にありました。
例えば教則本も、実際に音が聴けたり弾いている動画が観られたりしないと読者を「弾く」という行動まで結びつけられないんじゃないかと思い、アーティストが実際に曲を弾いている動画をYouTubeのギター・マガジンOfficial Channelにアップし、その演奏を譜面で誌面に掲載して連動させるなど、2009年ごろから個人的に試行錯誤してはいたんです。
その中で、雑多な情報を発信する役割がウェブに移っていったこともあり、雑誌は「ひとつの重い情報の集合体」にしようと考えました。2016年は、たまたま編集部員が若いスタッフに代わり、河原が『ベース・マガジン』から異動してきたタイミングでもあったことから、「とりあえず一冊やってみよう」というノリで、『ギター・マガジン』2016年8月号で大特集「逆襲のジャズマスター」を企画したんです。
それまでにも大特集はありましたが、デザインに統一感を持たせたり、内容のフォーマットを決めたりしたのはそれが初めてでした。
before

↓
after(2016年8月号~)

リニューアルを機に表紙も一新
以前の表紙は必ずアーティストが登場し情報量も多かったが、編集方針を変えてからは特集内容にフォーカスした表紙とタイトルに。
編集部の愛をもって伝える
──100ページ超もある特集の企画を、毎月どのように立てているのでしょうか。
尾藤:最初から100ページを目指しているわけではなく、始まりはいつも30~50ページくらいなんです。ただ、人に話を聞いたり関係性をたどっていったりしながら取材を進めていくうちに知らなかった事実がたくさん出てきて、新たに取材したい人や掲載したい資料が増えていくんです。
例えば、60~70年代のモータウンやディスコ、戦前の日本のジャズ・シーンといったテーマについて、その時代のそのジャンルを知るアーティストに話してもらうと、話の中に出てきたキーパーソンにも取材ができそうだぞということが発覚する。その結果70ページになり、80ページになり、今回も100ページ超えたねと、あっという間に増えていくんです。
河原:会議で特集を決めるときは、"ストーリー"があるかどうかが決め手になりますね。例えば、「70年代に活躍していたこのギタリストが超かっこいいんですよ」だけでは特集にはなりません。
そのギタリストが活躍していた70年代当時は、どんな時代背景があって、彼は音楽シーンでどんな立ち位置にいたのか、メジャーに対するアンサーだったのか、伝統的なものを発展させたのか、今現在の音楽に与えている影響は?……など、あるジャンルやギタリストを取り上げたときに見えてくる音楽の進化の歴史やエレキ・ギターの発展の影響などが見えて、初めて特集のテーマとして成立するんです。「ただ人気があって盛り上がっているから」という理由だけでも企画にはなりませんね。
尾藤:ウチでしか読めないスペシャルな何かがなければ「ギタマガ、ちょっと手を抜いたんじゃないの?」と思われても仕方がない。僕ら編集部員も一人ひとりがギター弾きなので、僕らが本当におもしろいと思うこと、読者に熱量を持って伝えていけることを企画にしたいと思っています。
河原:2019年4月号の「シティ・ポップを彩った、カッティング・ギターの名手たち。」もまさにそう。70~80年代のシティ・ポップで活躍していたギタリストのプレイは、今の僕らの耳で聴いても本当に素晴らしくて。もっと多くの人に知ってもらいたい、そして実際に弾いてみてほしいというシンプルな気持ちからスタートしました。
編集部全員がそういう気持ちになっているからこそ、絶対に手を抜けないし、結果としてあらゆる世代から大きな反響があり、この数年ではずば抜けた売上部数を記録することができました。
尾藤:タイアップ記事であってもフラットな目線でやろうと考えています。過剰に押しつけるのでも、あえてウイークポイントを書くのでもなく、目指しているのは"勧めてくるのがうまい人"。その上で愛があふれていると、「僕もそう思っていたんだ」といった共感が得られるんじゃないかと思っています。
河原:あとはいよいよ極端な特集でも読者を巻き込める形ができてきた気がしますね。ジャマイカだろうがカントリーだろうが、企画の立案者がテーマの良さをしっかり他のスタッフに伝えて、一度全員でどっぷりハマってからつくり始めるんですが、それがここ最近のギター・マガジンがグルーヴしている理由なのかもしれません。
目指すのは「居心地のよさ」
──読者に買ってでも読みたいと思わせるコンテンツとは、どのようなものだと思いますか。
河原:コンテンツという意味では、「おもしろいもの」の一言に尽きるでしょうね。ただ、同じ内容でも、ページを開いたときに「居心地がいいか」はすごく大事にしています。
実はギター・マガジンって字間や段間、ノド(雑誌を見開きにしたときの綴じ部分)のマージンの開きなどを毎年のようにマイナーチェンジしているんですよ。極端な話、テーマには興味がなくても、全ページを居心地がいいつくりにすれば、何となくでも読んでみようという気持ちになってくれるんじゃないかと思っているほどです。
表紙をはじめとする全体のデザインにもこだわっていて、物として部屋に置いておきたいかどうかも重視しています。ギター・マガジンが部屋にあったりカバンの中に入っているだけで、気持ちが少し踊ったり誇らしく思えたりするような魅力があれば、それだけでも所有欲につながるのかなと。
逆に言えば、そうでなければコンテンツのテーマによって売上が大きく上下してしまうのかなと思います。
尾藤:最初の発火点となる部分も大事だと思います。もちろん、デザインはまず書店で本棚に並んだときに目立つものである必要があるので重要です。あとは、書店で手にしてパラパラとめくったときに、言葉の強さやテーマの切り取り方にフックがあることですね。
"音が聴こえる雑誌"にしたい
──Apple Musicでのプレイリスト公開やFENDERとのオリジナル・ギター制作、リアルイベントの開催など、様々な方面へも展開していますね。
尾藤::"音が聴こえる雑誌"にしたいと漠然と考えていたときに、とあるカルチャー誌がApple Musicのプレイリストを公開しているのを知ったんです。僕らはもともと企画のプレゼン用にプレイリストをまとめ、会議で曲を流しながら企画を決めているため、そういったつくり方をしているギター・マガジンが特集と連動したプレイリストを雑誌のサウンドトラック的に公開したらすごく面白いんじゃないかと感じ、すぐに企画書をつくってApple Musicへ提案に行きました。
──リットーミュージックでは、楽器を検索・購入できる国内最大級のマーケットプレイス「デジマート」も運営しています。
尾藤:例えばギター・マガジンを読んでいて、この人の使っているギターが欲しいと思ったらデジマートで検索してすぐ買えるといったように、雑誌を読んだ読者が次に起こすアクションまでをシームレスにつなげたいと考えています。
リアルイベントは今後僕がプロデューサーとして手がけていく部分でもありますが、実は2年ほど前に、プロのアーティストが実際に愛用している機材一式をライブハウスにセッティングし、ファンがそれを弾ける「After Hours~Basement Tea Party」というイベントを開きました。企画した理由は、憧れの人が実際に使っている機材を手にして、同じ景色の中でサウンドを体感することができたら、その人は一生ギターをやめないんじゃないかと思ったからなんです。
3月には「御茶ノ水Rittor Base」という多目的スペースもオープンさせたばかりなので、これからも様々なイベントを開催していきたいです。
Q. 休日の過ごし方は?
息子たちと遊ぶか競馬を愉しむ
6歳と4歳の息子たちと遊んでいます。あとは競馬を愉しんでますね(笑)。ある種、異様な熱狂が生まれる競馬場の独特の空気は面白いですよ。馬券のおかげで欲しかったビンテージ・ギターも手に入れられました(笑)(尾藤さん)
ソウル・バーでレコードを聴きます
昼間はひたすら寝ています。夕方くらいからレコード屋を巡って、そのまま馴染みのソウル・バーに行き、その日の戦利品があればかけてもらったりします。あとは近所の音楽スタジオに入ってひとりでギターを弾いてます(河原さん)

リットーミュージック『ギター・マガジン』プロデューサー
尾藤雅哉(びとう・まさや)氏
1980年生まれ。岐阜県出身。2005年12月にリットーミュージックに入社。以降『ギター・マガジン』の編集に携わる。2014年7月から編集長、2019年1月からプロデューサーに就任。

リットーミュージック『ギター・マガジン』編集長
河原賢一郎(かわはら・けんいちろう)氏
1982年生まれ。神奈川県大和市出身。2007年入社。『サックス&ブラス・マガジン』、『ベース・マガジン』を経て、2016年に『ギター・マガジン』に参加。2019年1月から同誌の編集長に就任。
text/三ツ井香菜 photo/小田光二