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編集会議2019 SPRING

「毎月ワンテーマ」特集に刷新 『Mart』の読者インサイト分析とは

光文社『Mart』

2004年の創刊以来、「食べるラー油」などのブームを起こしてきた女性向け生活情報誌『Mart』。創刊編集長の大給近憲氏を副編集長として支えてきた西口徹氏が2018年6月、新編集長に就任。2019年4月号から「毎月ワンテーマ」へ大胆にリニューアルした。

光文社 月刊『Mart』編集長 西口 徹(にしぐち・とおる)氏
1995年に光文社へ入社後、雑誌『Gainer』『CLASSY.』『女性自身』の編集者を歴任。2004年の創刊立ち上げ時から『Mart』の編集に携わる。2013年に副編集長に就任、2018年6月から現職。

「なぜ雑誌を買うのか」へ原点回帰

──2019年4月号からワンテーマを深掘りする方針へと舵を切りました。なぜでしょうか。

昨年6月に編集長に就任して、改めて「一冊の雑誌にお金を払うのはどんなシーンだろう」という原点に立ち返りました。今の時代、多くの人がウェブサイトやスマホアプリに触れています。その点、雑誌はスピードと新しさ、情報量で負けてしまう。そこで改めて読者が雑誌に何を求めるのかを紐解いたところ「興味のあるものを深く知りたい」と思っていることが見えてきました。

確かにこれまでも、30ページ近い特集を組んだのに「物足りない」「もっと見たかった」という声が寄せられることが度々ありました。情報の紹介にとどまり、一つひとつのアイテムを掘り下げ切れていなかったんです。「強い興味のあるものは、深掘りしないと物足りないと言われるんだ」ということに気づき、思い切って毎月ワンテーマに振り切ることを決めました。

読者の「年齢切り」をやめた

──ここ数年の『Mart』はどのような課題を抱えていたのでしょうか。

読者像を捉え直すことが大きなテーマとなっていました。数年前は、「100均」など安くて実用的なブランドの特集を連発し、確かにそれが受けていました。ところが「受けるからやる」を繰り返しているうちに、次第にマンネリ化していったんです。読者からは「爪に火を点すような生活はしたくない」「そこまでするのはわびしい」といった声もいただくようになりました。

そこで再度ヒアリングしたところ「高いものばかり買うわけではないけれど、どこか1点だけはいいものを使いたい」というインサイトが見えてきた。例えばルームフレグランスが顕著で、ドラッグストアに行けば数百円で買えますが、あえて7000円~8000円の"ちょっといいもの"を買っている読者が多いと分かりました。アクタスも見るけれど、ニトリも好きで、どちらもうまく取り入れる、そんな実態が分かってきたんです。

そうやって地道に読者と向き合った結果、「"ちょっといいもの"が分かっている私たちが、手の届くアイテムで暮らしを豊かにしたい」と考えているという読者像が見えてきました。

一方で、雑誌の長寿化とともに読者層の上昇という問題にも直面していました。創刊当初は幼稚園児がいるママがメインターゲットでしたが、最近は平均年齢が上がっていました。ターゲットの年齢を上げるべきか、下げるべきか模索する時期が続きました。

最終的に出した結論は、「読者を年齢でセグメントしすぎない」ということ。今は女性の在り方も多様で、働いている人もいれば専業主婦の人もいて、子どものいる人もいれば独身の人もいます。平均年齢というのはあくまでボリュームゾーンで、実際は20歳台も40歳台の方もいます。でも暮らしに興味があるのは共通で、年齢は関係ありません。「家まわりに興味を持っている人」を広くターゲットに据え、年齢によらず様々なライフスタイルの人が読める仕立てにしようと決めました。

「3COINS」特集が爆発的ヒット

──リニューアル号である4月号の反響はいかがですか。

300円ショップの「3COINS」の特集を組んだところ、爆発的に売れています。読者からは「平凡な毎日が、手の届くアイテムによってこんなにキラキラする日々に変わるんだと分かった」という声が寄せられました。それはまさしく『Mart』がここ数年で目指してきた理想の雑誌の在り方です。ワンテーマを掘り下げることによって、それを伝えることができたのは良かったと思っています。

中でも反響が大きかったのは「衣類干しネット」のページです。「衣類干しネット」は、過去の「3COINS」特集でも取り上げたことがありましたが、もっと知りたいという要望が特に多いアイテムでした。改めて使い方を詳しく伝え、専門家がニットの洗濯方法を解説したり、衣類以外の用途やアレンジ方法まで提示したりすることで、商品の可能性を示すことができました。

──特集の最初を「コインランドリー」から始めたのはなぜですか。

メーカーと読者からのヒアリング、そして世の中の流れを見た結果、大きなニーズがあると考えたからです。まずメーカーから「コインランドリーを使う主婦が増えていて、既存のランドリーグッズが売れている」という情報が得られました。そこで浮かんだのは「主婦がコインランドリーなんて使うの?」という素朴な疑問。それを読者にぶつけたところ、布団やカーテンといった大きいもの、子どもの靴など家では乾かしにくいものはコインランドリーで洗っていることが分かってきた。

しかも、コインランドリーに対する読者の熱量がすごかったんです。言われてみれば、カフェやコワーキングスペースが併設されたおしゃれなコインランドリーが増えています。そこで新発売のランドリーグッズにフォーカスし、使い方やシチュエーションなどを細かく紹介していくことに決めました。メーカーの話と読者が重なるところを企画にしている感じです。読者の声がなければ、コインランドリーで撮影しようとは思わなかったと思います。

第1弾は「3COINS」特集
2019年4月号の特集テーマは300円のアイテム中心のショップである、「『3COINS(スリーコインズ)』の雑貨」。一冊1テーマに振り切った結果、大幅な部数増を記録した。

否定的な意見にヒントあり

──『Mart』ではどのように読者調査を行っていますか。

まず、100~200人の読者会員にアンケートを行います。そのうち、20~30人の方に実際にお会いしてヒアリングをします。その際、読者のご自宅にお友だちを呼んでいただいて話を伺うことが多いですね。リラックスして話していただけますし、取り上げたいアイテムがどう置かれ、どう使われているかも分かりやすい。本人が普段の使い方を思い出しやすいというメリットもあります。

読者調査をするときのポイントは、「ファンすぎない"普通"の人に聞く」こと、それから否定的な人の意見を無視しないことです。読者にヒアリングしていても、何も聞けずに終わってしまったり、「このブランドは好みじゃないので買いません」と言われたりすることもあります。

けれど、そういういい話が出てこない時にこそ、企画のヒントがある。肯定的な人の意見ばかり聞いていると、誌面で扱う基準や量を見誤ってしまいます。否定的な人を「そういう人もいるんだ」と受け入れ、「どのアイテムなら刺さるか?」「どういう使い方なら欲しくなるか?」を探り、その人が買いたくなる企画を考えるようにしています。

編集力を活かしたコラボ企画も

──これだけ緻密に読者の声を拾っていると、企業コラボの要望も多いのではないでしょうか。

そうですね、これまでにいくつか取り組んできました。多いのは、商品パッケージを変えたいという要望です。例えば2017年に食品専門商社、北野エースとのコラボで生まれたあごだし「×DASHI(かけるだし)」は、ピンク×グレーのカラーリングで、キッチンに飾りたくなるデザインを目指しました。一般的にだしのパッケージは、商品名やロゴが大きくプリントされており、キッチンになじまないという声が多く、そこを変えようという企画でした。

ほかにも、洗剤に貼り替え用のかわいいラベルをつけたり、ホームパーティーで大皿に出しても見栄えがいいよう、ポッキーの個包装にレース柄を施したりと様々なコラボを行っています。パッケージデザインのコラボについては、売り場の棚取りに奔走するメーカーの営業や、パッケージを知り尽くしたデザイナーの協力が不可欠です。素人である主婦たちの意見を受け入れてくださるメーカーの柔軟な姿勢のおかげで成り立っています。

──『Mart』の編集力をどのようなビジネスに応用していきたいですか。

ららぽーと湘南平塚とららぽーとTOKYO-BAYに「Martレストラン」という実店舗を出店しています。地元の食材や編集部セレクトの器を楽しめるメニューを提供し、Martらしいインテリアの中でくつろいでいただけます。食品サンプリングやイベントの場として、企業から活用したいというニーズも相次いでいます。

読者会員の中にはアクセサリー作家やリースづくりなどの講師がたくさんいるので、そういう方たちを「ハンドメイドクラブ」として組織し、ワークショップも立ち上げました。

──今後、どのような雑誌にしていきたいですか。

「"私の半径5m"に幸せがある」という雑誌のコンセプトに忠実でありたいですね。これからはフォロワー数を競うインフルエンサーの時代は続かない気がします。発信者がどれだけ信頼できるかの方が重要になってくるでしょう。その時、信頼のおける読者をたくさん抱えている『Mart』というブランド力が生きてくるはずです。読者のニーズを的確に捉え、正直に向き合っていくことを大切にしたいですね。地方にも読者がたくさんいるので、地方食材に詳しい方の目線ももっと取り入れていきたいと思っています。

レストランで『Mart』を体感
ららぽーと湘南平塚内にある「Shonan Dining Mart」。地元の食材や編集部セレクトの器を楽しめるメニューを提供し、Martらしさを味わうことができる。

DATA
編集体制 編集者9人(編集1人、副編集長2人、デスク3人)、ライター20人
編集方針 苦手な人向けにつくる
編集者にはあえて担当分野を設けていない。その分野に精通していない編集者だからこそ、新鮮で面白い誌面がつくれるという考えからだ。「読者が分からないこと、が分からない」ことは実用誌の編集者として致命的。料理の火加減ひとつとっても「弱火って、本当にみんな分かるの?」というところから解き明かしていく。

text/石川香苗子 photo/小田光二

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