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新時代の企業ブランディング

企業の成長フェーズに合わせた 攻めと守りのブランディング戦略

メルカリ×サイボウズ

2018年に上場を果たし、ブランディングを強化するメルカリ(東京・港)と、約20年の歴史の中でリブランディングを進めたサイボウズ(東京・中央)。両社の広報が明かす、企業の成長におけるブランディングの重要性とは。

メルカリ
PRグループ マネージャー
矢嶋 聡(やじま・さとし)氏

1978年生まれ、東京都出身。2000年に早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、ネットベンチャーの立ち上げ、留学、PR会社勤務を経て、2008年にネイバージャパン入社。2013年4月、LINEへの商号変更を経て、2014年1月にLINE マーケティングコミュニケーション室室長。2017年10月にメルカリ入社。

サイボウズ
ビジネスマーケティング本部
コーポレートブランディング部長
大槻幸夫(おおつき・ゆきお)氏

大学卒業後、知人とともにレスキューナウを創業。2005年にサイボウズに転職。2012年5月、オウンドメディア「サイボウズ式」を立ち上げ、初代編集長を務める。創業20周年記念アニメ「アリキリ」など数々のプロジェクトをプロデュース。


2018年6月19日、メルカリは東証マザーズに新規上場し、東京都内で記者会見を行った。上場前にはファクトブックを制作し、記者らの理解促進に努めた。

ネガティブ報道に苦戦も

─2017年10月、上場前のタイミングでLINEからメルカリに転職された矢嶋さん。メルカリのPR活動の特徴を教えてください。

矢嶋:メルカリのPR活動は、次の3つの軸を意識しています。①新しい働き方を取り入れ、社会をリードする ②技術力とテクノロジーの力で世界に挑戦する ③地域に密着し、信頼される企業になる、です。これらを軸にして発信することで、ブランディングにもつながります。

私がメルカリに入社した2017年10月当時のメルカリは、まだ広報体制が整わない中で現金の不正出品問題など様々な危機が発生し、日々の対応に追われている状況でした。

急成長中の企業ということで、業界の方や顧客からは好意的に評価されることが多かったのですが、ネガティブな報道が続いたことで、メルカリと接点のない方からは「売上を重視して社会的要請や法令遵守は無視しているのでは」という印象を持って語られることもありました。

そういったネガティブなイメージが定着してしまうとサービスを拡大するうえでのハードルになり、企業の成長にも影響します。そのため、PRグループでは、上場に向けて問題の改善に取り組むことを決めました。

─上場に向けてどのようなPR戦略を立てたのでしょうか。

矢嶋:メルカリが目指す企業像は、「CtoCマーケットのインフラを担う、信頼される企業」と「本気で世界に挑戦している企業」です。PRグループのミッションはこれに連動する形で、世間にもこのような企業像を認識してもらい、応援してもらえるような機運をつくること、と定めました。

とはいえ危機が続いていた時期だったので、すぐに社会からの信頼を獲得するのは難しいと考え、ミッション達成までの道のりを2つのフェーズに分けて考えていました。信頼される存在になることが第一で、次の段階としてポジティブな情報を発信していく、というものです。

そのために、まずはマスメディアとのリレーションを構築することに力を注ぎました。記者にメルカリのファンになってもらうことが狙いです。次に、我々の企業理念や世界観を知ってもらうための活動を、「上場前」「上場承認」「上場時」と、3つのタイミングで段階を追って行いました。

上場前には、改めてメルカリにはどういう役員がいて、どのような事業構造となっているのかが包括的に理解できる「ファクトブック」をつくりました。それを基に、できる限り多くの記者に個別レクチャーをし、信頼関係の構築に努めました。上場承認で打ち出したのが「創業者からの手紙」です。投資家にもお配りした手紙で、創業の背景や理念、上場を機に目指すべき企業の姿などを、創業者の山田進太郎自身が綴ったものです。これはメディアにも配布しました。

そして2018年6月19日の上場時には、日経新聞に見開きの広告を出しました。右ページに創業者の手紙、左側に元プロ野球選手の野茂英雄氏のビジュアルを配置したものです。

野茂氏は日本中からバッシングを受けながらメジャーに挑戦し、後進の選手たちへの道を切り拓いた方です。そんな野茂氏の姿に、海外への事業拡大を目指すメルカリのブランドストーリーを重ねました。上場会見でも、山田会長の口から「日本から世界に挑戦するテックカンパニーになる」と発信。メディアを通じて企業としてのメッセージを広く伝えることもできました。

"踊り場"から抜け出すために

─サイボウズは、「サイボウズ式」での情報発信が有名ですが、どのような経緯で現在のブランディングをスタートさせたのでしょうか。

大槻:サイボウズのオウンドメディア「サイボウズ式」は、現在のコーポレートブランディング活動におけるベースになっています。運営は、ビジネスマーケティング本部の部署のひとつであるコーポレートブランディング部で担当しています。

サイボウズ式の目的は、ただ単にサイボウズという企業名、あるいは製品名を覚えてもらうことだけではありません。文脈を伴った発信で、企業の"姿勢"を知ってもらうために取り組んでいるのです。

サイボウズ式がスタートした2012年ごろは、売上が40億円前後で停滞し、踊り場を迎えていた時期でした。当時、サイボウズはグループウェアカテゴリでナンバーワンシェアを獲得していたものの、企業のイメージは「2000年前後に急成長したメーカー」のままで、それ以上の広がりはありませんでした。

この時ブランディングのために開発したのが、「ボウズマン」という奇抜なアメコミ風キャラクター。ITへの関心が高い層には認知されていたものの、一般には広く知られていない状態でした。私は、この取り組みが売上が40億円前後で止まっていた原因のひとつだと考えました。

世の中に新しいものが広がる流れを示すイノベーター理論では、人々は新しいもの好きの「先端層」と一般層、そしてそれらにあまり興味を持たない層とに分けられます。この中で最も厚みがあるのが一般層です。これにサイボウズを当てはめて考えると、ボウズマンは先端層には受け入れられたものの、一般層からは受け入れられていなかったということになります。一般層になると製品選定の考え方も変わるので、先端層と同じアプローチでは響かなかったのです。

また、時代背景としては、グループウェア市場が成熟して、製品の機能などでの差別化が難しくなってきたことも挙げられます。PR戦略としても、「ただ目立てばいい」というわけではなく、「サイボウズとはどういう企業なのか」を広く一般に向けて伝えていくことが重要だと考えました。

そこで、私たち社員が日々取り組んでいる活動を一般に向けてオウンドメディアで伝えていくことが、企業としての差別化につながると考え、「サイボウズ式」での発信を始めました。

それから6年以上経った現在、サイボウズ式はかなりの認知をいただいています。顧客を対象としたアンケートでも「サイボウズを知ったきっかけ」として、サイボウズ式を挙げるお客さまの割合が4.5%ほどあり、ファクトベースで広告効果も出てくるようになってきています。

初期のサイボウズで「先端層」をターゲットにつくったキャラクター「ボウズマン」。現在は「サイボウズ式」での発信を強化している。

「サイボウズ式」https://cybozushiki.cybozu.co.jp

メディア対応は対照的!?

─近年メディア露出が多い2社ですが、メディアとの関係はどのように築いていらっしゃるのでしょうか。

矢嶋:最も重要なのは、自社が関係性を強化すべきメディアを定義することだと考えています。メディアとの信頼関係をつくっていく段階では、世論を形づくっているメディアはどこなのか、そのなかでも自社の担当記者は誰なのかをしっかり認識しておく必要があります。

メルカリでは、重点メディアとして、主要なテレビ、新聞、雑誌、通信社の記者名までを把握し、可能な限り編集委員やキャップ、デスクといった上層も含めてカバーしています。

最重要に位置付けているメディアには、週に1回ペースで定期的にコンタクトを取るなど、しっかり関係を築くことが大事だと思っています。会食も軽視できず、場合によっては山田(会長)や社長の小泉文明にも同席してもらい、しっかりと顔の見える関係をつくっていきます。

記者職は定期的に異動があるので、それに合わせて記者向けの勉強会やセミナーも開催するようにしています。

危機発生時のメディア対応も重要です。2017年に不正出品問題が起こったときには、メディアからの質問にただ回答するだけでなく、メルカリはどういった体制で安心・安全に関する対策をしているのか、実際にどのような成果が出ているかを具体的に伝えていきました。そのうえで、メディアからの厳しい質問にも正確・迅速に答えていくことで、信頼してもらえるように努力してきました。

大槻:矢嶋さんのお話を聞いていて、非常に対照的だと感じました。サイボウズの企業広報では、メディアの皆さんに積極的にアプローチをすることはしていません。私は人見知りなので、懇親会の予定なども埋まっていなくて(笑)。

記者とのリレーションを築くというより、「サイボウズ式を見てください。もし興味を持ったネタがあれば、お声がけください」という、受け身の姿勢です。社長の青野慶久や私がサイボウズ式の記事をFacebookやTwitterでシェアした結果、記者の方に見てもらえてつながる、ということはあります。

メルカリさんのような攻めの広報はできていませんが、我々のような中堅企業にとっては、ウェブ上での積極的な情報開示によってメディアとのリレーションを築くことが最善の策かなと考えています。

メルカリはユニバーサルに

─今後のブランディング戦略や広報部門の動きを教えてください。

矢嶋:メルカリは若者や女性の利用が多いサービスという印象がありますが、今後は老若男女、誰もが利用できるユニバーサルな存在になっていきたいと考えています。そのために、2018年12月には60代~70代の方たちが、互いに顔を合わせてメルカリ活用法を語り合う「シニア限定座談会」を開催し、メディアにも公開しました。

ほかにも、モバイル決済分野への参入を通して、メルカリのサービスが人々の日常生活に浸透していくことを目標にしています。もちろん、社会に浸透すればするほど、意図せずサービスを悪用されたり、事件に発展する可能性もあったりするので、社会との適切な関係を築くことも引き続き、重点項目としていきたいと考えています。

大槻:サイボウズのブランディングにまつわる今後の動きは、次の3つです。ひとつはグローバル展開で、アメリカと中国でも広げていきたいと思っています。現在、アメリカでは「日本から来た小さなベンチャー」という存在。製品の魅力だけでなく企業としても知ってもらわなければならない段階です。日本で取り組んできた手法を応用できないかと模索しています。

2つ目は、サイボウズ式を中心としたコミュニティづくりです。単発ではなく継続性を視野に入れています。「第2編集部」と呼んでいるサイボウズ式のファンを中心とした交流の場を、定期的に設けていきたいです。

そして3つ目が「今、『サイボウズ式』で発信できる話題は何か」を引き続き探していくこと。今は組織論が話題になってきているので、サイボウズの事業との接点を探っていたりします。あとは副業も盛り上がってきているので、何かサイボウズの知見を提供していけないかとも考えています。

2018年12月5日に実施した「シニア限定座談会」。60代~70代のメルカリユーザーがメルカリ活用法を語る場で、メディアにも公開した。

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