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新時代の企業ブランディング

ブランディングの主役は社員 企業を動かす物語のつくりかた

細田高広(TBWA HAKUHODO Senior Creative Director)

現代社会において、ブランドは企業を”着飾る”ものではなくなった。数々の企業ブランディングに携わってきたTBWA HAKUHODOの細田高広氏は、全社員が“ブランドの体現者”として行動できる組織づくりが重要だと語る。

海に浮かぶ大きな氷山を思い浮かべてほしい。これまで、古典的なブランディングが扱ってきたのは、海面から突き出たごく一部分だけだった(図1)。企業のブランディング担当者は、ロゴやスローガン、広告のトーン&マナーを管理することで、ブランドの「らしさ」を演出していれば良かったのである。

図1 企業ブランドの氷山

しかし事情は変わった。生活者は今、水面下にあったブランドの実態を、スマートフォンなどの手元のデバイスで簡単に覗くことができる。広告で描かれる物語とリアルな企業活動とを見比べ、答え合わせするようなリテラシーも育ってきた。ブランドの伝達と受容は、フィクションではなくドキュメンタリー形式になりつつあるのだ。

ブランドは「お化粧」ではない

無論、ドキュメンタリー化の流れは脅威である。例えば以前、広告に何十億も投資してきた高級ブランドが、たったひとつの差別的な表現を発信してしまったことによって信頼を失ってしまうという出来事があった。アルバイト従業員による問題のある接客がソーシャルメディアで発信され、瞬く間に企業が炎上するという話も珍しくない。あらゆるブランドが、これまでつくりあげてきたイメージを一瞬で失うリスクと隣り合っている。

一方で、このドキュメンタリー化の流れをチャンスととらえている企業もある。例を挙げれば、災害時にトラックの中に積んでいた食品を無料で配布した配達員の活躍や、雪道でスタックした高級車を国産メーカーの大衆車が牽引して救出する様子などもまたソーシャルメディアで拡散し、生活者のブランドに対する見方を変えた。

優れた経営者は自覚的にこうした機会を活用し始めている。ソフトバンクグループの孫正義会長が、Twitterユーザーからの要望に対して返信する「やりましょう」はその走りであろう。

影響力を手にしたのはトップだけではない。シャープやキングジムのように、一社員が公式Twitterを通じてユーモラスで人間味のある等身大の言葉を発し、ブランドの新たな人格をつくりあげてファンを増やす企業も出てきた。また、社員や店頭スタッフの「神対応」モノは、ネットでも人気のネタのひとつ。社員の行いが話題を集め、やがて全国区で注目され、所属する企業に新たなブランドイメージを形成していく様子は痛快ですらある。

現代は「真実の隠せない時代」であり「真実がきちんと伝わる時代」でもある。ブランディングは、もはや企業に「お化粧」をするだけでは足りない。ブランディングとは、ブランドの目指す姿に合わせて実態をつくりあげ、真実の姿を伝えていくという、「企業変革」に近接した仕事になろうとしているのである。広告部門だけでなく、広報や経営企画部門にもブランディング業務が広がっていくのは極めて自然な流れではないだろうか。

ストーリーの主役は全社員

広報はこれまで、社内外をつなぐ窓口機能として発展してきた。しかしそれが通用するのは、プロの記者が丁寧に正面玄関から取材にやってきた時代までである。今や、あらゆる生活者がカメラを片手に、世界へ配信する準備を整えて企業の全活動を見つめている。「記者化した生活者」の出現を前にして、広報が機能をまっとうしようとするのなら、社員一人ひとりがブランドの体現者として行動できるよう準備することが急務となる。

それは、炎上を防ぐという「守り」の準備だけではない。より積極的に時代に対峙しようとする企業は、「攻め」の準備を始めている。全社員にブランドの現在地と目的地を理解させ、能動的に新たなブランドをつくりあげてもらうのだ。つまり、ブランドを"動的な物語"と捉え、その主役に社員を据えようというのである。

近年、社員を巻き込んだボトムアップ型でビジョンをつくりあげようとする企業が増えているのは、そのためであろう。先述の通り、こうしたプロジェクトでは広報や広告などマーケティング系の部門のみならず、経営企画部門や、サポート役としての経営陣のコミットも欠かせなくなるからだ。

ではブランドの「物語」とは、どのような構造であるべきか。重要なのは過去と未来をつなぐ「時間展開」を内包していることである。ハリウッドの典型的な冒険物語は「生まれながらに宿命を背負った主人公が、行く手を阻む"敵"および内なる葛藤を乗り越え、目的地にたどり着く」といった構造を持っている。企業もこれと同様に「ブランドがどのような宿命を持ち、何を乗り越え、次に何を目指すべきなのか」を明確に示した"挑戦者の物語"を持つべきなのである。

目的地を明確にした物語は、事業方針、サービスやプロダクトのコンセプト、店頭の体験までを一貫したひとつの流れで語ることを可能にする(図2)。会社が何を目指すか、そのために事業は何を目的とするべきか、商品やサービスはどんな価値を持つべきか。こうした全体像が共有されてはじめて、社員一人ひとりが次の一歩を具体的に考えられるようになる。

図2 信頼を醸成するブランドストーリー

例えば企業の研修などで「ブランドを1分で語ってもらう」というミニワークを行った場合、大抵は「ターゲットは30代の働く女性で、彼女たちにプチ贅沢を提供している」などといった、「いま、ここ」を切り取ったスナップショット的な内容に終始する回答が多くなる。これは物語というよりは、"解説"に近い。激しい環境変化の中で、社員に能動的にブランド行動をとらせる力としては物足りないだろう。

過去・現在・未来を整理する

時間軸を持ったブランドストーリーをつくる最初のステップは、自社の過去・未来・現在の3つの点を明確に言語化することである …

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