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広報担当者の事件簿

戦略的な広報への進化を恐れるな

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    突きつけられる退場通告 「組織的隠蔽」という毒〈前編〉

    【あらすじ】
    陽光自動車で広報部のマネージャーを務める若田朱美のもとへ、暁新聞の酒川森彦記者から電話が入る。「確認させていただきたいことがある」と手渡された報告書には、「社外秘」の文字。報告書は、広報の朱美にも知らされていない事故について書かれていた。驚く朱美の脳裏によぎるのは、二十年前の事件だった。

    再び繰り返される過ち

    テレビ画面には、学生ランナーたちが次のランナーにタスキを渡そうと必死の形相で駆け込んでくる姿が映し出されている。毎年恒例のイベントは新しい年の幕開けを感じさせる。年末までの一カ月間、マスコミからの追及の手は緩まなかった。過去にも一度、社会から退場を突きつけられている企業だ。年月が経ち人も入れ替わったが、再び事件が起こってしまった。社会の視(め)は以前にも増して厳しい。

    対応が一段落し、ようやく落ち着いたのが十二月二十九日。地獄の一カ月といってもよかった。昼夜関係なく携帯電話が振動し続けた。電話対応が終わり一息つくため椅子に座ると、また振動する。対応から解放されたと思えばまた携帯から振動が伝わってくる。この繰り返しである。

    テレビ画面には、最後のランナーが中継所に飛び込んでくる姿が映る。彼らはこの日のために一年間、すべてをかけてきたはずだ。人々は、がむしゃらで、純粋で、そしてひたむきな姿に心を揺さぶられる。毎年同じコース、同じ風景が映し出されても、同じ映像にはならないドラマがある。だから観ていて面白いのだろう。「ガンバレ」テレビに思わず声をかける。言ったあとに思わず「ジブン」とつけ加えた。広報担当になって五年、不祥事など他社の出来事だと思っていた。

    前兆はなかった。というより、広報には知らされていなかったと言ったほうが正確である。暁新聞の記者、酒川森彦からの電話が始まりだった。

    「お電話ありがとうございます。陽光自動車広報部の若田朱美です」「暁新聞の酒川と申しますが、ああ、社会部です」声だけ聴けば社会部とは思えない明るい声だった。社会部の記者とは会ったことなどなかったが、いかつい体躯で迫力のある声、眉間に皺の寄った顔と勝手に想像していた。酒川は学生がそのまま記者になったようなクセのない声をしている。

    「車の事故軽減に向けた自動車メーカーの取り組みを取材しています」社会部というイメージに反応し強張っていた身体から力が少しだけ抜けていく。「安全に安心して運転していただくための研究開発を常に行なっている」ことを伝える。「もちろんそうでしょう」声の先で酒川のうなずく姿が想像できる。「ただ、御社にお電話したのは別の件で確認したいことがあったものですから……」

    トラックを製造販売するメーカーとして国内トップを誇っていた陽光自動車は二十年前、設計ミスで生じた死亡事故を"運転手の過失"として責任を逃れようとした。警察の現場検証の結果だったとはいえ、設計ミスを認識しながら経営陣はもちろん、設計に携わった社員たちも口を閉ざした。

    しかしそこに同様の事故が発生し、警察の視は陽光自動車に向けられ、隠蔽が明らかになった。社会の信用は失われ、スーツの襟に誇らしげにつけていた社章は恥ずかしさの象徴となってしまった。

    世の中を揺るがせた隠蔽事件は、朱美が入社する十年も前のことだ。隠蔽を主導した当時の経営陣や社員たちのほとんどはすでに会社を去り、事件は風化している。今いる社員の半数以上は事件後に入社し、朱美も先輩からの話でしか知らない。ここ数年、他社で発生している検査不正のことなど対岸の火事でしかない。社内にはそんな空気が充満している。

    広報担当になった年、必要な書類を探すために足を運んだ書類庫で偶然、当時の資料を見つけた。こっそり家に持ち帰り、時間を忘れて読みふけった。"何十人も関わった組織的な隠蔽"朱美は過去の事件の重大さを実感した。「こんなことがまた起きたら会社はつぶれる……」事件の詳細を知って以降、社内の危機感の希薄さに怒りを覚えることさえあった。酒川の含みのある言葉に、二十年前の事件が脳裏をよぎる。

    「……もしもし」「あ、はい。聴こえています」朱美のわずかな沈黙を酒川が逃さない。「思い当たることでもおありですか?」「いえ、特には……。確認されたいことはどんなことでしょうか」言いながら、強張りが戻ってくる。「電話では失礼ですので、御社にお伺いさせていただきたいのですが。確認させていただくだけですから」明るい声が届いた。

    「これなんですが……」テーブルに置かれた書類に朱美が手を伸ばす。酒川が、どうぞご覧くださいと加える。A4の紙が五枚、ホチキスで留めてある。タイトルは"事故原因報告"。右上に「社外秘」とあった …

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