新聞や雑誌などのメディアに頻出の企業・商品のリリースについて、配信元企業に取材し、その広報戦略やリリースづくりの実践ノウハウをPRコンサルタント・井上岳久氏が分析・解説します。
「アラフォー」や「草食男子」など、いつの世も時代を象徴するキーワードがあり、それに関連づけると広報効果も大きく跳ねることがあります。今回はそんなキーワードとともに、商品広報を展開した例を紹介します。そのキーワードとは「ガチ勢」。皆さん、知っていましたか?
PRを展開したのは化粧品の老舗、マンダム。汗やにおいを防ぐ男性向けデオドラントシリーズの「ギャツビー」は、男性なら手にしたことのある人が多いでしょうし、周囲の目を気にする最近の若者世代ならなおさらです。
しかし1978年に発売したギャツビーは定番となりすぎて、なかなかPR機会がない商品でもありました。
さらに近年は「単純な商品PRだけでは消費者に響かなくなっています。どういう場面で使うのか具体的にイメージを提供し、共感してもらうなど、消費者の心に寄り添った身近なところでPRしていかないと、購入に結びつかないと感じています」と広報部主任の萩原奈津子さん。
そこで白羽の矢が立ったのが「ガチ勢」という言葉でした。ゲームに本気でのめり込む人を指す若者言葉として生まれましたが、最近ではゲームに限らず、何かに本気で取り組んでいる熱い人たち全般をあらわす言葉として用途は広がっているようです。
そもそもは「最近の若者たちは無駄な努力が嫌いで、汗などかかず、デオドラント商品も必要なさそうなイメージがあるけれど、実際のところはどうなのだろう……」という疑問が、企画の出発点だったといいます。
プロジェクトがスタートしたのは前年の秋口。当時、マーケティング部は大阪本社にあり、東京広報は遠距離でプロジェクトに関わっていました。調査を進めると、意外と現代にも熱い若者が多いことが判明したのです。
ガチ勢図鑑をコンテンツに
国民総オタク化ともいわれる時代、実に様々なジャンルに「ガチ勢」がいることが分かってきました。そこで特に地域性の高いガチ勢を中心にピックアップし、どんなふうにデオドラント剤を使うかを面白おかしく解説した図鑑をつくることにしました。
図鑑に収録したのは「YOSAKOIソーランガチ勢」や「名古屋モーニングガチ勢」などユニークなものばかり。「ガチ勢」という言葉が多くの人に広まるとともに、ギャツビー商品が世間の目に触れる機会も増やしていこうというのが狙いです。
一見、主目的まで遠回りとなるような気がするかもしれませんが、面白そうなものに反応し、スマホひとつで大きなムーブメントを起こす若者世代にアタックするには、こういう方法もかなり有効といえます。逆にそこまで戦略的にPRを展開する時代になったともいえるのです。
デオドラント剤の売れる時期は例年5~8月。その前の3月にまず、第1弾の「ギャツビー ガチ勢図鑑」をTwitterの公式アカウントで公開するというリリースを配信しました。アイドルグループ・SKE48の主要メンバー3人がサポーターになっていることからも、力の入り具合が伝わってきます。
もともと握手会に来る若い男性の間でもにおいの問題は発生しており、メンバーの1人が2017年にTwitterで問題提起していたことが、タイアップのきっかけになったそうです。
リリースに「ガチ勢図鑑」の表紙イメージを載せたのは、「本当に図鑑が存在するのか?とネット上でザワザワと物議を醸す効果を狙いました」という萩原さん。実際はTwitterで順次、図鑑を公開する方式としました。公式アカウントをフォロー、リツイートするとSKE48の特別動画が見られるなど、仕掛けも工夫を凝らしました。
私が個人的に面白いと思ったのは、続く4月20日に配信した若者世代のガチ勢に関する座談会リリース。新年度に入り、世代間格差なども話題になりやすい時期を狙ったといいます。詳しく内容を見ていきましょう。
座談会では現役大学生25人を集めて「ガチ勢」という言葉に対するイメージなどを語り合ってもらいました。リリースには、そこで出た意見や傾向分析を掲載しています。
調査リリースの一種といえますが、まずは(ポイント1)「座談会だけでリリースを出すの?」という驚きがあります。タイトルでも「他人よりも自分に負けたくない」など、今どきの若者ならではの考え方をピックアップし、同世代だけでなく、中高年世代の興味も喚起しています。
最初はどちらかといえばマイナスイメージから生まれた「ガチ勢」という言葉に対して、若者は意外とポジティブな印象を持っていることなど、興味深い実態が明らかになりました …