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緊急レポート

日大のアメフット問題 あなたが広報なら一体どうする?

鶴野充茂(ビーンスター 代表取締役)

社会から大きく注目された、日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題。経過とともに聞こえてきたのは、「もしも自分が日大広報ならどう動けたか」という声だ。今回は広報担当の目線で、一連の問題の異なるシナリオについて考えてみたい。

クライシスには、その過程で何度か局面の変化があり、そこが広報対応に差の出やすいタイミングでもある。今回は大きく4つの局面があった。この変化を感じ取りながら対策を講じるという意識をまずは持ちたい。

日本大学の広報部(日大広報)にとっては、内田監督(以下、肩書は試合当時のもの)が関西学院大学に謝罪に訪れた際の空港でのぶら下がり会見(5月19日)が最初の重要な場面だった。日大としては、少なくともホームページ上の謝罪文だけで済む状況ではなかった。広報対応としては混乱収束への道筋をつけたいシーンだ。

ここで内田氏は「お騒がせして申し訳ない」と述べ「監督を辞任する。弁解もいたしません。一連の問題は私の責任」と言いつつも、詳しい説明を避けた。

実はアスリートの謝罪会見では、自分の責任であることを強調して身を引くという形自体は少なくない。しかし、それが有効なのは、あくまでその本人自身が起こした事件の場合だ。「なぜ起きたのか、誰がどう関与したのか」が問題の焦点になっている今回の場合、それでは話は収まらない。

まず広報としては、少なくともこの状況を事前に監督に伝えると同時に、大学としての危機対応の体制を整えておきたいところだった。「アメフット部の問題」が「日大の問題」になったのは、日大アメフット部の対応が「遅くて不十分」だったからだ。それをしっかりカバーする準備が、この時点での日大には求められていた。

広報が弱くてもできること

監督・コーチ会見(5月23日)の際に注目を集めた広報部職員を名乗る司会のおかげで、「広報」が一般の人たちの話題にも登場するキーワードになった。実際の広報の視点からは「有り得ない」司会だったが、「この場を仕切れる人はほかにいないから」と選ばれた人物だったとすれば、組織として広報に対する理解は決して高くはないと推察できる。

そんな組織で「広報の役割」を果たすには、まず組織が問題視するイシューの解決に貢献することだ。もし対外広報のマネジメントが困難ならば、組織内(インターナル)がある。

今回、日大広報が果たし得る役割で、まったく手つかずと見られたテーマが2つある。ひとつは、「危機管理学部があるのにうまく対応できていない」という外部からの指摘。もうひとつは、「就活中の学生が面接で今回の問題への考えを問われて困っている」という、学長が会見で語った課題だ。

大学の組織を考えると、今回の問題と危機管理学部は基本的に無関係である。ところが外からはそうは見えない。日大の対応に不信感が高まっていく局面では尚のことだ。一方で、大学本部と学部はこの種の指示命令系統にはない。そこで広報が情報を収集し、効果的な対応を相談できる教員を見つけておければ良かった。それができていれば、危機管理学部の教員が直接取材されて変なコメントを出してしまうようなことは避けられた可能性が高い。

就活中の学生が、自分とは関係のない大学の問題を面接で問われて困惑しているという問題についてはどうか。一般の人ならこれを「迷惑なこと」と考えても仕方がないが、経験を積んだ広報なら「その答えを準備しさえすればよく、むしろチャンスだ」と考えるはずだ。日大生というだけで今回の問題が話題になる。逆に言えばそのシナリオを用意し、就職課を通じてアドバイスしていけばいいということだ。

最も弱い存在を守る姿勢を

広報として一連の対応で最大の痛手は、大学関係者を誰ひとり交えずに加害選手ひとりに会見させたことだ(5月22日)。会見は本人と保護者の意思によるものとされたが、大学関係者がいなければ「学生を見捨てた大学」というメッセージになる。今回のように学生と監督・コーチの主張が異なれば、大学としてのスタンスが極めて難しくなることが目に見えていた。

大学として世間の批判をかろうじてかわせる手があるとすれば、学生の会見の「後始末」だった。「学生が監督・コーチの言葉通りに動いて非難されるなら、その時点で指導者失格」といったコメントを出せば、学生を守ることもでき、日大のガバナンスにも可能性を感じさせられたかもしれない。

ところが学生の会見の夜に日大広報が出したコメントは、「『クォーターバックをつぶせ』というコーチの言葉はゲーム前によく使う『最初のプレーから思いきって当たれ』という意味の言葉で、誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います」という内容だった。「誤解」という言葉で片づけたのだ。

クライシスにおいて、「誤解」はそれ自体が反感を買いやすい要注意ワードの筆頭だ。日大広報はこの瞬間に、学生を捨て、監督・コーチを取ったのだと宣言したことになる。こうした姿勢が、日大のガバナンスに対する不信感となって、アメフット部の父母会や日大の教職員組合など組織内部からも危機感を示す声明が出るきっかけとなったと考えられる。

広報は情報によって内部と外部の関係をつなぐ存在だ。職員ではあるが、指示がなくても動ける余地が大きい性質を活かし、「このままではいけない」と思ったときに異なるシナリオを描ける存在でありたい。やれることは必ずある。


1 問題発生

アメフットの試合で事件が起こる

5月6日:関学対日大のアメリカンフットボールの試合で反則行為が起こる

直後から、その深刻さを指摘する声がSNSを中心に広がった。しかしまだこのときは、あくまで「アメフット部の話」だった。

2 問題拡大

アメフット部の問題が日大の問題に

5月19日:日大の監督が関学に謝罪に行った際に空港でぶら下がり会見

世間の注目度に合わない対応の軽さ(出先での囲み会見)、不十分な情報(重要なことは話さない)、そして不誠実さ(相手の大学名の読み間違いや謝罪にもかかわらずピンクのネクタイ)という「埒が明かない3点セット」で「アメフット部の問題」が「日大の問題」へと変化した。

3 不信拡大

日大に対する不信感が高まる

5月22日:日大の正式な会見を待たずに加害学生が会見

会見は学生本人と両親の意思によるものとされたが、世間から見れば、「日大は学生ひとりをカメラの前に晒した」ということになる。これは日大のクライシス対応上、最大の痛手だった。日大広報も「誤解」という表現で声明を出し、さらなる反感を生んだ。

5月23日:監督・コーチが緊急会見
25日:日大の大塚吉兵衛学長による会見

騒動は収まらず、世間の日大に対する不信感はマックスに。

4 信頼回復へ

混乱収拾と信頼回復に向けてのステージ

5月29日:日大が有効な対策を打ち出せない間に、関東学連が会見

監督・コーチの反則行為の指示はあったと認定し、除名処分を発表した。

ビーンスター 代表取締役
鶴野充茂(つるの・みつしげ)

社会情報大学院大学客員教授。米コロンビア大学院(国際広報)卒。国連機関、ソニーなどでの広報経験を経て独立、ビーンスターを設立。中小企業から国会までを舞台に幅広くコミュニケーションのプロジェクトに取り組む。著書はシリーズ50万部のベストセラー『頭のいい説明「すぐできる」コツ』(三笠書房)など多数。個人の公式サイトは http://tsuruno.net

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