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広報担当者の事件簿

広報は、 社内にもマスコミにも覚悟を持った対応を

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    日本酒ラベルを世界に発信 地元で起業した二人の挑戦〈前編〉

    【あらすじ】
    大学進学のため札幌市を離れていた唐沢陽介は、東京の玩具メーカーを退職し九年ぶりに帰郷した。高校の同級生だった京野泰彦と意気投合し、日本酒ラベルのモチーフを使用した商品を制作・販売する『株式会社キョウカラ』を起業。外国人観光客のお土産需要を見込んで、商品のPRに奔走するが……。

    認知度ゼロからのPR

    襟元のフードを両手で引きあげ頭を覆う。羽田を飛び立ってから二時間ほどしか経っていないが、今は湿気のない雪の感触が靴底にあたる。札幌駅の正面から続く目抜き通りはイルミネーションで装飾され、懐かしさが湧いてくると同時に、悔しさもこみ上げてきた。春分の日を過ぎてもなお降り積もっている雪と一緒に、感情も踏みつぶす。

    九年前、ここを離れるときも雪が舞っていた。唐沢陽介は目標があって東京の大学に進学をしたわけではなかった。"東京"を一度は味わってみたい、ただそれだけだった。卒業後は中堅の玩具メーカーに運よく採用された。ただ、社会人になってから五年が経ったいまでも、「あなたの取り柄は」という問いに即答できる自信はない。そんな状態でここに戻ってきてしまった。「ふん」鼻から抜けた自嘲的な笑いがフードの中に籠る。雪に閉ざされた中を歩いている姿が、今の自分には似合っていた。

    高校の同級生だった京野泰彦とは、卒業後も帰省時には必ず連絡を取り合い、"近況報告会"と題した飲み会をしてきた。高校卒業後に地元の酒造メーカーに就職した京野は、酒を飲みながら「市場調査を兼ねているんだ」と胸を張っていた。しかし、京野も昨年夏に退社している。以来、「この土地から発信できる商品をつくりたいんだ」と夢を訊かされてきた。

    ここに戻った翌日のことだった。突然、携帯が震えた。相変わらず夢を熱弁する京野に心を揺り動かされ、思いがひとつになった。"株式会社キョウカラ"。互いの苗字と"今日からスタート"の意味を込めて社名とした。

    東京はもうすぐ梅雨の時期だが、ここでは梅雨がない。肌にまとわりつくあの感覚もない。高校までを過ごした故郷に戻ってもう半年になるが、身体に沁み込んだリズムが抜けるのはもう少し先になりそうだ。

    「また、"東京では"かよ」京野が溜息まじりに漏らす。「ここは東京じゃないんだよ。いい加減に馴染めよ」。築五十年ほどのビルの一室。机が二つ向かい合うのが精一杯の狭い空間に太い声が響く。

    中堅とはいえ東京の玩具メーカーに就職し、まがりなりにも商品企画を担当していた。陽介にとって"東京"は半年経った今でも心の拠りどころになっている。

    「別に東京と比較しているわけじゃないだろ。俺はただ購買者の求めるものが東京と札幌では違うって言ってるんだ」と反論する。そう言いつつも、何かにつけ東京と比較してしまう自分がいる。街の規模、繁華街の賑わい、そして人々の意識の高さ。あの日、東京への未練は断ち切ったはずだった。

    「唐沢。ちょっといいか」上司の企画課長が顎で会議室の方向を指す。またか、の思いを深呼吸に重ねる。「もっとましな企画書つくれよ」二晩徹夜して考えた新商品の販売企画書をテーブルに放り投げたかと思えば、表紙を人差し指で叩く。「お前、センスないんじゃないの?」

    センスがないと言われて、「ある」と反論する自信はない。だが、商品企画に携わるようになって三年、大ヒットとは呼べないものの、小ヒットぐらいの商品を生み出せるほどにはなっていた。「一つ二つヒット商品を考えたからっていい気になってるんじゃないよ。運が良かっただけだろ」。

    運も大事だろ、と思うが口には出さない。陰湿なパワハラだった。男の嫉妬ほど醜いものはない。社内で自分を売り込んだ記憶もなければ、自己主張を前面に押し出したこともない。子供の頃からどちらかといえば人の後ろに隠れるタイプだった陽介には、パワハラをする側の心理が分からない。

    一度や二度ではなかった。大企業のように相談窓口があるわけでもなく、先輩社員には「波風立てないで我慢するしかないんじゃないか。マスコミにでも出たら会社は潰れてしまう。恨まれたくないしなぁ」とアドバイスとは言えない言葉をかけられた。いつしか、身体に異変が起きて会社を休みがちになった。それでもパワハラは止まらなかった。そして五年目の春に、辞職した。

    新千歳空港の到着ゲートでは、色とりどりの旗を両手に広げた旅行会社のスタッフたちが出口から吐き出された観光客を拾っていく。日本人だけでなく、中国・台湾といったアジア圏や欧米からの旅行者も目立つ。「こんなにいるんだな」京野がロビーに視線を向けると到着客たちが溢れている。大きなキャリーバッグを引きずりながら大型バスまで案内されていく …

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