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広報担当者の事件簿

真の広報力を身に付けるための「3つの力」とは

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    地方都市の駅前商業施設、オープンまでの険しい道のり〈後編〉

    【あらすじ】
    北関東の中規模都市であるM市に誕生する駅前商業施設"Fo-rest"のオープンに向けて、北関東リアルエステートの志村香織は、建設計画が発表された三年前から市長秘書・大垣甘太朗とともにPRを進めてきた。しかし、協働していると思っていたM市が、突如PR会社・東京リレーションズと契約。その本当の狙いとは……。

    「PRのプロ」はどっち?

    市長秘書の大垣から信頼されてはいなかったのか。自分に経験がないのは認める。それにしてもなぜM市はPR会社と契約しなければならなかったのか……。

    北関東にあるM市駅に計画発表から三年後の開業を目指して建設が進められてきた駅前商業施設"Fo-rest"。M市にとっては悲願とも言うべき開発で、北関東リアルエステート(東リア)と市の共同事業だった。市も東リアもここぞとばかりに各部門から精鋭の担当者を配置して、万全の体制で臨んでいる。一年足らずの広報経験で担当者となった志村香織も、他人より一つでも多く吸収しようと動き回ってきたつもりだ。

    "Fo-rest"の建設が進むにつれて、会議でもPRの重要性が話題になることが多くなってきた。PRを担当しているのは東リア、協働しているのはM市である。中心になっているのは香織と市長秘書の大垣甘太朗だった。

    「広報一年生の社員にPRを任せて大丈夫なのか、しかも女性なんだろ」東リアの社内会議で批判の声があがった。市にとっても東リアにとっても一大事業のため、「失敗できない」と社員の肩にも力が入っている。

    「経験がないからといって、では代わりの者で、というわけにはいきません。そうするつもりもありません」広報室長の深川道徳が反論する。自席に座っているときはいつもネットサーフィンか居眠りしているように見える。かつ終業後には情報交換と言いつつどこかの記者と夜の街に消える。香織にとっては、お腹にはたっぷりと脂肪が溜まっているだらしのない上司、という印象しかなかった。

    「志村に任せておけば必ず役割を果たします。失敗したときは私が責任をとりますよ」楕円形になっている会議テーブルを見回す。「君が責任をとって済む問題じゃないだろ」会議室に苦笑が重なる。「では、どうしろと?」深川の視線が鋭くなる。「広報に限らず、どこの部署でも責任など取れるんですか?責任ってなんですか?減給ですか?左遷ですか?退職ですか?」ざわついていた室内が静かになる。

    「そんなことを言っているんじゃない!」役員の一人が苛立ちを隠しきれず声を荒げる。「女性で、しかも新米担当者では無理だろうと言っているんだ!」顔が朱に染まっている。「広報の責任者としてはっきり言っておきます。彼女の仕事に対する姿勢と粘り、広報への畏怖。志村は必ずPRをやり遂げます」深川が改めて首をまわし視線を指す。「大丈夫です。手柄はあなた方のものですから」最後に口角を上げ、ニヤリとしてみせた。

    「これはうちがやりますから」市役所二階にある秘書課のプロジェクトルームで、PR会社・東京リレーションズの藤枝が得意げに言った。よほど自信があるのだろう。藤枝は香織の隣に座っている大垣を視ている。「私にとってあなたは意識の中にない」と言外に言われているようだ。「そうですか。それは頼もしい」大垣が表情を変えずに言う。

    香織ら東リア広報室にとって、M市駅の商業施設"Fo-rest"のPRは久しぶりに舞い込んできた活躍の場だった。香織は、営業所から広報に異動して一年足らずの自分が"Fo-rest"のPR担当になったことはツキがある、そう思い、どんな仕事でもこなす覚悟でいた。それが一カ月前、市は突然、東京リレーションズとPRの委託契約を交わしたのだった。東リアとして一度断ったにもかかわらず、である。市というより大垣の独断と言ったほうが正確だろう。

    「それでは、発表用のリリースと資料を一揃え作成してください。三日もあればできますよね」大垣が笑みを浮かべながら藤枝に伝える。三年後の開業を目指し、"Fo-rest"の建設工事は進んでいた。三週間後には市長と東リア社長によるマスコミ向けの《進捗説明会》が予定されている。

    「今週いっぱいでいかがでしょう」資料を完成させるのに五日くれと含んでくる。土日もいれれば一週間の猶予になる。「発表は三週間後ですから、まあいいでしょう。来週の今日お待ちしています」大垣がまた笑顔を見せる。藤枝と隣にいる若い担当者も媚びた笑顔をつくる。東京リレーションズにPRを任せている以上、東リア広報室の仕事は何もないに等しい。それでも大垣は打ち合わせのたび、香織に同席を求めてきていた。

    「大垣さん、ちょっといいですか」藤枝たちをエレベーターホールまで見送った後、香織が呼びかける。「部屋に戻ろう」大垣が無表情のまま秘書課のほうを指差す。

    「どういうつもりなんですか」前置きなしに始める。我々を信頼していないのか!と問いたいところだが、自分が言える立場でないことは自覚している。大垣の真意を訊いて納得したかった …

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