新年度を迎え、広子たちはコーポレートガバナンスに関するセミナーに参加した。年明けには「社外取締役の義務化」に関する報道もあったことから、会社法の改正案についての議論が始まった。
広子・東堂:こんにちは。
大森:こんにちは。なんだか、こないだは盛り上がったんだって?
広子:そうなんです。コーポレートガバナンスに関するセミナーだったんですけど、気さくでイケメンな先生で、セミナーのあともかなり盛り上がりました。
大森:コーポレートガバナンスというテーマではなく、イケメンでかい?
東堂:それはそれとして、ガバナンスの実態というか、社外取締役を含めた取締役会の構成メンバーという話題でも盛り上がりましたよ。
大森:なるほど。それで「社外取締役の義務化焦点」という記事に興味を持ったのかな?
広子:そうなんです。弊社は社外取締役がすでにいるので、問題はないのですが。
東堂:「非上場でも適用」という見出しもあって、これから上場する準備中の会社の方が中心に、どうやって候補を選んだとか、どんな属性の方だとどうだったとか、様々な実情について質問されていました。
広子:ただ、普通のIR担当者はそんなに社外取締役と接点がないので、具体的な話にはなりませんでしたが。
大森:なるほどね、少し誤解というか早合点があるかな。義務化する条件として、公開会社、大企業であって、株式をいわゆる公募した会社とあるから、非上場会社といっても上場会社に準じたガバナンス体制になっているのが自然かもね。
広子:呪文を唱えられたような気分なんですが……。その条件で上場していない会社もあるんですか?
東堂:公開会社と上場会社は違うのでしょうか?
大森:公開会社の概念は会社法で「株式の譲渡制限をしていない会社」という定義になっているんだ。上場会社は、公開会社であることが前提で、取引所の審査を経て認められるという関係だね。
東堂:なるほど。ところで、大森さんは義務化について賛成なんですか?
大森:実際に選任率は高いし、それほど必要ないと思うな。何より、せっかくComply or Explainの原則に従って、自らが考えて証明する実質主義へかじを切った矢先なんだから。義務化されると、横並びで思考停止した形式主義に戻りそうで怖いよね。
社外取締役に必要な資質
広子:大森さんも以前、社外取締役をなさってたんですよね。社外取締役の経験はどうでしたか?
大森:その会社の取締役会は、社長が会長やほかの社外取締役に対して、業務の執行状況の報告を行う形態で運営されていたから、実質的に業務執行とガバナンスが分離されていたとも言える。社外取締役にとっては監視しやすい会社だったね。かといって個人的には何も活躍していないし、的確な発言すらできなかったと記憶しているな。
広子:らしくないですね。ズバズバ指摘しそうなものなのに。
大森:業務執行に関与しない中、株主の代表として監督する程度だからね。業務内容を知ろうとは思ったけど、経営判断の監視という意味ではそれほど深く知る必要はないし、知るためには余計な手間暇をかけさせることになるし、といろいろ考えたものだよ。
広子:忖度してしまいましたか?
大森:そうだね、まあ、業績も順調だったし、不祥事や危機も発生しなかったし、社外取締役が張り切る場面はなかったということかな。
東堂:業務執行しないのが社外取締役ですものね、活躍するのはおかしいですよね。
大森:ただ今回の改正案には、条件付きだけど、社外取締役に対して会社の業務執行を委託することができる、という案も入っているんだ。
広子:ええ、そうなんですか。
大森:会社と取締役の利益が相反するケース、例えば、マネジメント・バイアウトとか、不祥事の調査などに限られるようだけどね。今回の改正案にはほかにも、株主提案権の濫用の制限や、事業報告書のネット開示に関する変更など、実効的な内容もあるから確認しておいてね。
広子:そうですね。株主提案権の濫用事件は衝撃的でしたものね。
大森:当時、分厚い招集通知が届いて、興味もあり総会に参加したけど、提案者は現れず、単なる嫌がらせの範疇に留まった印象が強かったからね。いずれにしても、ガバナンスの強化と、株主総会の活性化、株主と会社の利便性向上、あたりがキーワードだと思う。
東堂:ところで、社外取締役の選び方についてはどうお考えですか?弁護士や会計士、取引金融機関の紹介などが多い印象ですが。
大森:そうだね。社外取締役を選任していない企業の説明を集約すると、適任者不在、迅速かつ的確な経営の阻害、社外監査役など現在のガバナンスで十分、となる。逆に、適任として求めるのは、企業経営全般に関する知見などより、自社事業、業界に関する専門知識や知見が圧倒的に多いね。
広子:従来の社外取締役のイメージを超えている感じがしますね。
大森:そうだね。元々経営判断の決定プロセスにお墨付きをもらうだけなら監査役でも十分なところ、取締役会の議決権を持ち、経営に参画しながら監視できるように社外取締役の活用を、という流れだから、判断内容そのものにまで関与してほしいということだろうね。定年後の選択肢が自社の相談役・顧問だけでなく、同業他社の社外取締役に就くような流動性が生まれればいいのだろうけど。日本ではまだ難しいかな …