800近くある国公私立大学が受験生や資金を求めて競争する教育現場。スポーツ選手を多く輩出する東洋大学で広報を務める榊原康貴氏が、現場の課題や危機管理などの広報のポイントを解説します。
毎年、年末に発表される「ユーキャン新語・流行語大賞」。陸上競技で日本人初の100メートル9秒台を記録した桐生祥秀選手(東洋大4年)が、その記録「9.98」で特別賞をいただきました。2017年9月9日に記録が出て以降、取材のオファーなどが殺到。広報課はその渦中にいました。
今回はその期待やインパクトの大きさに触れながら、東洋大学広報のスタンスについて書きたいと思います。
大きな期待を背負った大学生
桐生選手は高校3年生のとき100m10.01秒という大記録を出し、日本人初9秒台の期待を一身に受けて東洋大学に入学してきました。入学後ほどなくして実施された公開練習と記者会見では、サッカーワールドカップ日本代表クラスと同じくらいの取材規模。その注目度の高さに私たちも驚きました。そうした期待がかかる中、私たち広報課スタッフは、9秒台が出たときに撒くリリースを忍ばせてスタジアムに足を運んでいたのでした。
スタジアムではスタート時、「桐生祥秀」の名前がアナウンスされると、地響きのような歓声が起こります。しかし結果がなかなか出ない。前人未到の10秒の壁はとてつもなく高い。期待に応えられなかったことで、彼が涙を流す場面を何度も見ています。いつかこの涙が10秒の壁を打ち破ってくれるに違いない、そう信じて私たちも広報支援をしていました。
駅伝や水泳などほかの競技でもそうですが、私たち広報は、結果は期待しつつも、本音のところでは怪我なく元気に活躍してほしい、ただただその思いだけなのです。
広報課としては、桐生選手専属のスタッフを一人配置しました。もちろん専属といってもほかの仕事を抱えながらですから、記録が出て以降はジェットコースターのような仕事の連続でとても大変だったと思います。
せっかくたくさんのオファーをいただいても、すべてを受けることはできず、むしろお断りする場面の方が多くお詫びの連続です。選手として練習の時間を確保したり、大学の授業を優先したり。さらには日本オリンピック委員会のシンボルアスリートとして、様々な関係団体との調整も必要になります。日本陸上競技連盟、契約メーカー、CMスポンサーや広告会社、自治体との調整など多岐にわたります。
大学の組織内の情報共有と風通し、案件によっては大学名も出ることから法人役員への相談も欠かせません。運動部の監督やコーチと直接話しながら調整する事柄も多いのです。
思えばアスリートの広報やマネジメントは、こうした調整ごとをひとつでも省いてはいけない、なかなか神経を使う仕事になります。選手たちとのコミュニケーションも重要です。趣味嗜好や性格や考え方を把握し、取材での調整なども綿密に行います。まさに選手たちと二人三脚でメディア対応することで、危機管理の側面からも選手を守るという信念のもと、広報支援をしています …