日本唯一の広報・IR・リスクの専門メディア

           

クリエイティブ発想で共感を呼ぶPRの実践

今年のカンヌライオンズで押さえたい3つのトレンド

井口 理(電通パブリックリレーションズ コミュニケーションデザイン局長)

2012年にPR部門審査員を務めた井口理氏が、他部門の受賞作品も俯瞰しながら今年の傾向をPR視点で読み解く。

今年のカンヌライオンズは総じて「Gender Equality」(男女平等)という大きな波に丸ごとのみ込まれてしまったようだ。各カテゴリーの審査員にもジェンダーバイアスを感じるようなエントリーは受賞させるなという強い指示があったとも聞く。

果たして、今年の審査においてはどのような変化をもたらしたのか。各カテゴリーを超えて、今年のカンヌを読み解いてみたい。

「男女差別」表現は一掃

「Gender Equality」が全体の評価の方向性に据えられた背景に、米国トランプ政権の誕生を想起した。その日々の発言の中に、様々な男女間差別的なものが見え隠れし、これに反発する生活者の思いを代弁するかのように、各企業がジェンダー差別解消に取り組むコミュニケーション活動を活発化している。そしてこれが社会、特に女性たちの共感を強く獲得しているのではなかろうか。

もちろんこの流れは今に始まったことではなく、また米国のみならず各国の活動において同様の展開がなされている。よってその兆候をカンヌのトレンドと一概に結びつけて語ってはいけないのかもしれないが、カンヌライオンズへのエントリー数が全体の約4分の1を占めるなど、ずば抜けて多い米国がその審査基準に影響を与えたとしても不思議ではないだろう。また、女性のリーダーシップ拡大への関心が高まる中、先述のようにトランプ政権誕生がそれに拍車をかけたともいえるのかもしれない。

余談ではあるが、カンヌライオンズ自体の審査員の女性比率にもそのような変遷を感じることができる。私が審査員を務めた2012年の女性の審査員比率は全体の約2割だったが、2014年には3割近くにまで増え、またこの年、女性の審査委員長が初めて4人誕生した。そして今年は50カ国390人の審査員中、女性の比率は43%にまで急伸しているのだ。ちなみに24カテゴリー中、8カテゴリーで女性の審査委員長が誕生している。

というわけで、当初はPR部門における受賞作を中心に、PR部門ならではの審査基準をベースにしながら解説していきたいと思っていたのだが、正直そのくくり方では物足りなくなってしまったというのが現在の印象だ。ということで、このような背景をきっかけにしながら、今年は全体の受賞傾向を睨みつつ、PRのエッセンスが感じられる受賞作についてカテゴリーを超えてグループ化し、今後のプランニングに役立つ要素を拾っていきたい。

カンヌライオンズ2017にみる3つの傾向

女性のエンパワーメント

  • State Street Global Advisors「Fearless Girl」(米国)
  • P&G India「Dads #ShareTheLoad」(インド)
  • リクルートライフスタイル「The Family Way」(日本)
  • デジタル時代に「リアルな場づくり」

  • State Street Global Advisors「Fearless Girl」(米国)
  • Illinois Council Against Handgun Violence「Teddy Gun」(米国)
  • Cheetos「Cheetos Museum」(米国)
  • General Mills「Cheerio Challenge」(米国)
  • 機能を付加してリポジショニング

  • AP(Thailand)Public Company Limited「The Unusual Football Field」(タイ)
  • Tigo-Une「Payphone Bank」(コロンビア)
  • インドの男性に家事を促す

    まずは前述した「Gender Equality」関連の大きな潮流に関わるもの。PR部門ほか4つの部門でグランプリを獲得した「Fearless Girl」(米国)についてはここでは説明を割愛するが、同様の傾向が見られる2つの例を紹介したい。

    1つ目はP&Gの洗濯用洗剤「Ariel(アリエール)」ブランドが展開している「Dads #ShareTheLoad」(インド)キャンペーンだ。これは2015年に初代グラスライオンズを獲得したキャンペーンで、その後もシリーズで脈々と展開され、今年はその具体的な成果を讃えるクリエイティブ・エフェクティブネス部門でゴールドを獲得した。

    インド社会における男性優位の家庭環境において、男女平等に洗濯などの家事に取り組むべきという意識啓発を「Why is laundry only a mother’s job?」のスローガンのもとで継続的に展開している。

    その仕組みはとてもユニークだ。例えば、多くのインド人が毎日必ず目にするという星占い付きカレンダー「Kalnirnay」を活用。信心深く、占いには従順に従うインド人の特性を逆手に取り、曜日ごとに「His day to do laundry」「Her day to do laundry」と記し、洗濯当番を示唆するというもの。また衣料メーカーや流通と組んで、洗濯表示にも「CAN BE WASHED BY BOTH MEN AND WOMEN」と男女どちらでも洗濯できます、という表示を入れるなどの取り組みもある。

    またバイラルビデオも用いて、意識啓発のための「対話」創出にもチャレンジ。その内容は、働く主婦の父親が娘の家に遊びに行き、働きながらも一生懸命家事をする娘と、テレビやネットサーフィンで遊ぶ夫を横目で見ながら自身のこれまでの態度を反省し、娘に謝罪の手紙を送るというもの。自身も帰宅し、今度は自分も洗濯を手伝うことにするのだが、男性優位の考え方がより強いであろう父親世代が、あるきっかけから不平等に気づき態度変容していく様は、「さもありなん」ということで納得感の高い出来栄えとなっている。

    その具体的成果として、売上は前年比76%増、4.6倍のエンゲージメントなどを達成している。

      P&G India
      「Dads #ShareTheLoad」(インド)

      単年でなく継続展開されている洗剤「アリエール」のキャンペーン。男女平等に家事に取り組むべきとの意識啓発をユニークなアプローチで行う。1つのスローガンのもとあの手この手でとことんやりきる覚悟が見える。ゴールに向けて中長期で取り組むことの大切さを思い起こさせる取り組み。

    不妊の悩みに夫婦で取り組む

    2つ目が私自身も関わらせてもらったリクルートライフスタイルの「The Family Way」(日本)。その内容は、男性の精子の濃度と運動率を測定できる「Seem(シーム)」というツールを起点としたもの。多くのカップルが不妊に悩む中、その原因は女性側にあると思われがちだが、もし男性側にあったとしたら……。そんな気づきを早期に与え、医療機関で検査し正確な診断を得てもらうきっかけにと、男性側の高い精神的ハードルを考慮したスマートフォン活用の簡易チェックツールを同社が開発した。

    さらにこのツール利用促進のための啓発活動を同時に展開することで、医療関係者の理解や妊活サポートを提供する各自治体担当者からの引き合い獲得といった成果を達成している。これも「不妊=女性の問題」というステレオタイプな考え方を覆すための活動であり、カップル双方が等しく取り組む環境を生み出すきっかけをつくったことが評価されている。

    ちなみに、今年のカンヌではツールやサービスの性能に頼るだけでなく、それを世に送り出すことによって社会的課題を解決しようとする企業の強い意志、そして周辺のコミュニケーション活動によって達成された成果というものがどの部門でも評価指標として議論されており、今後もその傾向は続くと思われる ...

    あと60%

    この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

    お得なセットプランへの申込みはこちら

    クリエイティブ発想で共感を呼ぶPRの実践 の記事一覧

    大丸創業300周年でスタッフを主役に 全国で働くプロ100人のポスター制作
    日本マクドナルドの信頼回復とビジネス転換へ 全国のクルーがダンスで一体化
    人の生体反応を映像化 セガの新CIとグループブランド強化
    今年のカンヌライオンズで押さえたい3つのトレンド(この記事です)
    「ポッキーをプログラミング教材に」江崎グリコが挑む社会課題解決
    カンヌライオンズPR部門審査会では、何が話し合われていたのか
    広報会議Topへ戻る

    無料で読める「本日の記事」を
    メールでお届けします。

    メールマガジンに登録する