日本唯一の広報・IR・リスクの専門メディア

           

広報担当者の事件簿

老舗ホテルでクレーム多発! その時広報担当者はどうする?

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    老舗ホテルで浮上した食中毒疑惑<前編>

    【あらすじ】
    老舗ホテルのカメリアホテルに勤める犬飼寛太。ゲストリレーション部の危機管理チームに異動して1年が経ったが、未だ大きな事件は起きていなかった。しかしある日、ディナーブッフェのローストビーフの味に対するクレームが相次ぐ。犬飼は調査すべきだと上司に訴えるが……。

    クレーム対応

    また遅い昼食になってしまった。この時間ともなれば定食の類はすでに売り切れ、麺類しか残っていない。ホテルの社員食堂はきっと美味いだろうと思っていたが、世の中そんなに甘くはないなと入社して分かったことの一つだった。業界仲間からも“うちは美味いよ”とは訊いたこともなかった。

    犬飼寛太が勤めるカメリアホテルは、歴史、風格そして価格も東海随一と自他ともに認められるホテルだが、周辺に食堂などがあればありがたいと思うほど、百七十人いる社員は皆仕方なく口から詰め込んでいるのが本音である。所属しているゲストリレーション部は、宿泊客からの苦情や外部の問い合わせ対応を担当している。

    それまで外部の会社に発注していたホテルのPR業務も担うようになっている。客室数が千近くあるカメリアホテルは、近年の旅行ブームや訪日客の増加に伴い宿泊客や来館者も多様化してきている。客室だけでなく館内の飲食施設も日常的に賑わいをみせていた。

    一方で、ホテルでの食材偽装や食中毒事件は全国で発生していた。ツーリストがそれだけ全国を巡っていることの裏付けでもある。カメリアホテルでは、これまで危機管理の意識が希薄ですべてフロント係任せの対応をしてきていたが、ようやく重い腰をあげた。去年の五月までフロント係にいた寛太が、新設した危機管理チームに異動となって一年が経過していた。幸い危機と感じた類の事件は起こっていない。

    「よっ」うどんを啜っていると向かいに駒井真斗が腰をおろす。「今日もうどんか」「あー、注文できるのがこれしかなかった」俺もだと言いながら駒井が苦笑いする。駒井の言葉に、この時間だからなと相槌を打つ。

    寛太が昨年配置転換されるまでの五年間、同期入社の二人はフロントで宿泊客や来館者と直に接していた。「ずっと忙しそうだな」寛太が訊く。「いろんな客がいるからな。この前も対応が悪いのなんだのって一時間も解放してくれないクレーマーがいたよ」「あー。報告書読んだよ。大変だったな」どんぶりに視線を落としながら頷く。「あんな客は文句を言いたいだけなんだろなあ。家ではきっと奥さんと仲悪いぜありゃ」。

    あんまり客の悪口言うのはよせよと駒井に忠告しておいてやろうと駒井に視線を移すと勢いよくうどんを啜りはじめている。人前ではいつも笑顔を絶やさず言葉遣いも丁寧なホテルの従業員だが、休憩や交代などでバックヤードに消えた途端、反動が表情や言葉遣いに出てしまう。ホテルの規模が大きくなると比例するように利用する人間の種類も増えてくる。裏の話題はいつも尽きることがない。

    フロント係をしていた五年の間も様々な苦情や叱責があった。「俺がやったわけじゃないのに、どうして俺が因縁をつけられなきゃならないんだよ」とバックヤードに戻ってくるなり愚痴をこぼしたことも一度や二度ではない。だから駒井の心境がよくわかる。「相変わらず妄想が好きだな」言いながら笑う。「うちなんか大きなトラブルがないからまだいいけど。小さなトラブルはそこらじゅうで起きているわけで、現場はうんざりしてるよ」駒井が溜息をつく。

    「まさか偽装なんてしていないだろうけど……」駒井の言葉に、こんなところで言うことじゃないだろ、と右の人差し指を口に当てる。「冗談だよ」と言いながら駒井がどんぶりの端に口をつけスープを流し込む。

    物事をはっきりと言える駒井が羨ましいと、いつも思う。五分とかからず、うどんを胃袋におさめた駒井が「そろそろチェックインが始まるからいくわ」と、どんぶりがのったお盆で両手が塞がれたまま顎を突き出す。じゃあまたな、の意味なのだろう。「おう。頑張ってな」と返す。ほんとに小さなトラブルで済んでくれるうちはいいけどな。駒井が歩いていった通路を見つめがら呟いた。

    「またか」フロントからの報告書に目を通しながら思わず口をつく。先々週に一件、先週に一件、そして今週になり二件、レストランの料理の味がおかしいというクレームがあがってきている。今までにはなかったクレームだった ...

    あと67%

    この記事は有料会員限定です。購読お申込みで続きをお読みいただけます。

    お得なセットプランへの申込みはこちら

広報担当者の事件簿 の記事一覧

老舗ホテルでクレーム多発! その時広報担当者はどうする?(この記事です)
広報担当者が心得ておきたい「記者との信頼関係」とは?
極秘プロジェクトが抜かれそう! 真相に迫る記者に広報はどう対応する?
公務員による汚職事件で見せた、市職員の逃げない広報対応
市役所で汚職発覚、職員は市民のために働いているのか?
若手社員がパワハラ自殺、広報課長が役員会議で発した一言とは?
広報会議Topへ戻る

無料で読める「本日の記事」を
メールでお届けします。

メールマガジンに登録する