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トップと語る 経営と広報

勇気ある広報の存在が、日本企業を「知の衰退」から救う

元伊藤忠商事社長 元駐中国大使 丹羽宇一郎 氏

1998年に伊藤忠商事の社長に就任後、多額の不良債権を抱えていた同社の業績を大胆な経営でV字回復させた実績を持つ。経営者としての倫理を重視し、自ら実践してきた丹羽宇一郎氏に広報にあるべき姿勢について聞いた。

元伊藤忠商事社長 元駐中国大使 丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)氏
1939年1月名古屋市生まれ。名古屋大学法学部卒業後、1962年伊藤忠商事入社。主に食糧部門を歩んだのち、1998年社長に就任。約4000億円の不良債権処理を断行し、V字回復を達成した。2004年から会長。2010年6月、豊富な中国人脈が注目され、初の民間出身中国大使に就任した。現在は日中友好協会会長などを務める。

[聞き手]
社会情報大学院大学 学長 上野征洋(うえの・ゆきひろ)

日本広報学会副会長、静岡文化芸術大学名誉教授。2012年、事業構想大学院大学副学長を経て現職。内閣府、国土交通省、農林水産省などの委員を歴任。早稲田大学卒、東京大学新聞研究所(現・大学院情報学環・学際情報学府教育部)修了。

理念は分かりやすい言葉で

上野:丹羽さんは伊藤忠商事の社長、会長を歴任したのち、民間出身では初の中国大使も務めました。その後も執筆や講演など精力的に活動されています。最近は、人材育成をテーマにした内容が多いようですね。

丹羽:国にとっても企業にとっても、人材育成は最も重要なテーマです。人をどう「育てる」かということと、その人がどう「育つ」かということの両側面から考える必要があります。「育てる」とは教育であり、その場を提供する学校や企業の課題です。一方、「育つ」のはその人自身の意識によるところが大きいわけです。

日本の若者はいま、自ら将来を切り開いていくことに対する意欲や心意気が低いと感じます。私の大学時代はもう50年以上前ですが、当時大学に進学できるのは一部の人に限られていました。そのため大学生たちには将来の日本を引っ張っていこうという心意気があり、社会からもそう期待されていたものです。

ところがいまは大学進学率が50%を超え、特別なことではなくなりました。それに伴い、社会を背負って立とうという心意気は薄れてしまった。これではいけません。若者に国のために働こうという意識を持ってもらうために、本を書いたり、依頼があれば大学や高校にも出向いて話をしたりしています。

上野:伊藤忠商事でも人材の育成に積極的に取り組んでいましたね。リーダーは「クリーン・オネスト・ビューティフル」であるべきと説かれていたと聞きます。

丹羽:社長に就く前から、若者を集めて思うことを話したり、意見を聞いたりする場を設けていました。彼らに理念や基本方針を伝えるなら、パッと分かりやすい言葉がいいと思ったのです。理念とは、社会が多少変化しても変わらない、また変えてはならないものです。一度聞いたら忘れない言葉ということで「クリーン・オネスト・ビューティフル」を掲げることにしました。

「クリーン」とは隠しごとをしない透明性のある経営。「オネスト」はうそをつかない経営。「ビューティフル」はどこから見ても見苦しくない経営ということです。「クリーン」で「オネスト」なリーダーが数多く輩出されれば、「ビューティフル」な組織をつくることができるでしょう。これらは人間にとってあるべき生き方でもあると考えています。

リーダーに問う「覚悟」

上野:理念を表す3つの言葉だけでなく、著書の中では「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者に伴う責任)」も重視されていますね。

丹羽:ノブレス・オブリージュは、昔の騎士道にも通じる考え方で、リーダーには「社会のためならわが身を投げ出すこともいとわない」覚悟が求められる、ということです。国にしても企業にしても、トップたる者は公人としての心構えを持たなければなりません。あるときは私人としての権利も、また自分自身や家族をも犠牲にしなければならないことがあるかもしれません。そうした覚悟がない人はトップになってはいけません。

私は社長就任を打診された時、1日考える時間をもらいました。普通は「謹んでお受けします」と即答するところでしょう。「考えさせてくれなんて聞いたことがない」と当時 ...

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