商品やサービスを通じたユーザー関与度の高いBtoC企業はもちろん、中小企業やBtoB企業、ベンチャーこそ独自のストーリーが不可欠だ。本稿では「企業らしさ」を感じさせる、広報ツール制作のポイントについて考える。
「企業人間性とは、ユーザーとの対話を通して自然に伝わるイメージのこと」。2016年の暮れ、ローランド・ベルガーの長島聡社長は『DIAM OND ハーバード・ビジネス・レビュー』でそう定義した。企業理念とはまったく異なるもので、「ユーザー側から見た企業の特徴である」と述べられている。
私自身も「企業人間性」という言葉は使わないまでも、「企業は法人と呼ばれる以上、人間の人格に相当するものを持っている」とかねてから口にしてきた。特にコーポレートサイトやミッション・ビジョン・バリュー作成を受託するにあたり、企業を人に例えた場合のキャラクタライズは、表現を詰めていく上で重要な工程となっていた。
では、その「企業人間性」は具体的にどんなもので、どうやって築かれていくのだろうか。手がかりの筆頭は、前出の長島氏の言葉にもあるように“対話”である。
一方通行的な企業側からの情報提供ではなく、擬似的であっても相互のやりとりが成立する「場や接点」が複数あり、それらを通じてユーザーが自分なりのイメージを描いていく。そのイメージの総和こそが企業に見出す人物像=企業人間性に他ならない。そして接点が複数ある以上、体験によって変化していくものと言えるだろう。
サイトの使い勝手も「対話」
相互のやりとりが成立する場や接点。すぐに思い浮かぶのは、BtoCであれば飲食店の店員や宅配便の配達員であり、BtoBであれば営業担当者である。また人に限らず、TwitterやFacebook、InstagramなどのSNSは想起しやすいと思われる。
ではコーポレートサイトやランディングページ、ECサイトなど情報発信が企業側に偏っている媒体はどうか。実はここでも企業人間性の伝達は十分可能と言える。例えばサイト内に置かれている言葉づかいやデザインなどは企業人間性を体現する要素であり、接触を持ったその瞬間から、人になぞらえた評価は始まっている。
ECサイトで言えば、見やすさや申し込みやすさなど、UI(ユーザーインターフェイス)といった使い心地を介し、サイトの向こうにいるであろう「誰か」をユーザーはイメージし始める。使いやすければサイトの向こうにいる「誰かの心づかい」に好感を持つだろうし、その逆も当然ある。むしろレスポンス良く反論する機会を持てないそうした媒体の方が、企業人間性を無言のうちにジャッジされてしまうとさえ言えるだろう。
企業人間性を描き出す「物語」
企業人間性を構築するプロセスにおいて力を発揮するツールが、他ならぬ「ストーリーテリング」だ。
ストーリーと聞くと、販促サイトにおける“ユーザーの声”や採用広報における“ドラマの書き起こし”を想起する人は多いと思われる。もちろんそれらもストーリーであることは間違いないのだが、ストーリーテリングはもっと大きな概念である。
ふだん行っているマーケティングや販促のノウハウ、さらには人間の日常的な行動まで、ストーリーテリングの傘下に収めることができてしまう。そしてそのポテンシャルを意識して活用することにより、企業人間性の描き出しが明快になっていく。以下、企業のタイプやシーン別に、ストーリーテリングのパターンを分類してみた。
(1)BtoC領域の場合
相手の中に「好き」をつくる
なぜ、その店に通うのか。例えば選択の善し悪しがはっきり出てしまうヘアサロンを例に取ってみる。ではその選択の際、一体何が動力となるのか。友人のお勧め、雑誌の記事、まとめサイト、フォローしているインスタグラマーなど、今では情報を多面的に集めることができる。「私は直感で決めているので」という人も、最低限、外観や店内の雰囲気は確認するだろう。
こうした複数の情報元で何が語られ、どんな写真が使われているか。さらに建物の質感や先客の表情、スタイリスト自身の髪型やファッションに至るまでの事実の数々。実はそれらすべてが重なり合って、その店オリジナルのストーリーを構成しているのである。
ユーザーに選んだ決め手を言語化してもらうと「雰囲気が良さそうだったから」「友だちに勧められたから」になるかもしれない。だがそこに至るプロセスを深掘りしてみると、直接・間接を問わず、接触した多くの事実が、ユーザーの描いたストーリーに組み込まれていることに気づく。言い換えれば意識する・しないにかかわらず、お互いがストーリーテリングを行い、その噛み合いを検証しているのだ。
(2)BtoB領域の場合
「信頼」を醸成できるか
例えば新規顧客を開拓したい企業が、営業担当に会社案内や商品説明のパンフレットを持たせ、何とかアポイントを取って訪問を試みたとする。
受け入れ側はアプローチがあった時点から、訪問側のストーリーテリングを確認し始める。まず営業担当の言葉づかいや雰囲気、熱心さをジャッジして、「会うだけなら会ってみようか」と気持ちが動く。並行して企業の公式サイトを確認し、検索時に企業名の後に続くサジェスト・ワードまでも気にかけるかもしれない。
営業担当者と会うまでには、創業年数や資本金など基本的なスペックの確認はもとより、そのサイトが分かりやすいか、自分にとって好ましいか、ストーリーを描き上げていく。
そして実際に対面し、話を聞きながら描いたストーリーの検証にかかる。その場合、訪問した人間の立ち居振る舞いだけでなく、衣服のセンスや持ち込んだパンフレットなども、検証の手がかりとなる。こうして訪問側のストーリーテリングを受け止めながら、新規の商談が始まるというわけだ。
(3)採用活動の場合
「人生観」に基づく相性が決め手
採用活動でもストーリーテリングは活躍する。新卒採用を例に取ると、採用側は人材に求める条件をまず綿密に定義する。次にその定義が伝わるように入社案内や採用サイトを作り、セミナーに登壇する人物を選定していく。そのプロセスの中で、企業側と学生側は、各々の内面に自らのストーリーテリングを投影していくことになる ...