2016年に続発した、有名人のスキャンダルは企業広報にとっても他人事ではない。エアウィーヴ社によるスポンサー契約選手の不祥事後の対応から、広告・PRキャラクター起用により想定しうるリスクを考えていきたい。
2016年は不倫や薬物問題など、芸能人の不祥事が目立つ一年だった。特に不倫騒動のベッキーの場合は、10社のCM契約を打ち切りないしは、契約非継続とされる状況になった。そして、すでに不倫発覚・芸能活動自粛から3年が経過した矢口真里が日清食品「カップヌードル」のCMに出演したところ、苦情が殺到しCMはお蔵入りとなった。
しかし、ネットでは「なんという息苦しい社会」といった声も案外多く、矢口はそれなりに許され始めている状況のようだ。ならばベッキーの今の状況はどうなのか。広告制作会社のディレクターはこう語る。
「ベッキーさんは毎回キャスティング案では出るのですが、クライアントはやはり二の足を踏みますね。起用すれば話題になることは分かっているのですが、ベッキーさんは矢口さんほどまだ『禊』が足りない状態にあり、世間の反感がまだ強すぎるのです」。
というわけで、タレントと広告・PRキャラクター契約をするにあたっては、何かあればとにかく各所からの集中砲火が殺到する状況でやりにくいったらありゃしない。ならば、不祥事を起こさなそうなアニメキャラを使えばいいのかと思えば、熱狂的ファンから「世界観とマッチしない」などとクレームも来るだろう。
さて、こんな時代にいかにしてタレントとの契約を検討すればいいのか。ここで、具体的なケーススタディとして、マットレスなどの寝具メーカー・エアウィーヴが今年の夏に経験した危機対応について紹介する。
会長が語る「ロクテ騒動」の裏側
同社はリオ五輪では米五輪委員会のスポンサーとして、プロゴルファーのバッバ・ワトソン、パラリンピック競泳選手のジェシカ・ロング、そして競泳選手のライアン・ロクテと契約をしていた。ところがブラジル滞在中、ロクテが競泳チームの3選手とともに強盗被害に遭ったと訴えたことが虚偽だと判明。「ブラジル=治安が悪い」というレッテルを利用したとも捉えられかねない行為だっただけに、ロクテは米五輪委員会から処分を受けた。
米国民の怒りは激しく、同選手とスポンサー契約をしていた水着メーカーのSPEEDO、衣料ブランドのラルフ・ローレン、医療用レーザー治療装置販売のシネロン・キャンデラがスポンサー契約を降り、最後にエアウィーヴが降りた。同社の高岡本州・代表取締役会長が当時の状況を語る。
「すぐにアメリカ中のメディアから、我々の数人しかいない米国法人オフィスにガンガン電話が来ました。その電話対応で、本来の仕事ができなくなりました。当初は状況がよく分からなかったのですが、週末にライアン自身がNBCのインタビューで、話を誇張していたとカメラの前で認めました。翌日SPEEDOが降りて、ラルフが降りて、我々が契約しているPR会社からも『もう持ちこたえられない』ということで降りざるを得なかったのです。今回の問題が起こったからといって、ライアンの人間性を否定するわけではないです。たまたま起こったことと捉えています。ただし、企業のアイコンとしては使えない。事実が分かったところで契約はやめました」。
同社は日本国内では浅田真央、錦織圭、坂東玉三郎というエアウィーヴのユーザーと契約をしているが、いずれも長期にわたる関係を築いている。ロクテとの付き合いはこの3人、そしてワトソンと比べれば短かったものの、彼の人間性を否定しているわけではない。同社は「契約タレント・選手の生きざまが同社の出したいメッセージと近い」ことを、契約にあたっての方針としているため、ロクテとも契約続行する判断をしようかと思ったが、アメリカの人々の怒りはすさまじく持ちこたえられなかった。
「タイガー・ウッズが女性問題のスキャンダルを起こしたとき、スポンサーが軒並み撤退しました。しかし、ナイキだけは残りました。関係者に聞いたところ、ナイキはタイガーのゴルフの姿勢に共感して契約しているわけで、ゴルファーとしてのタイガーを否定するものではないと考えていたそうです。これは立派な姿勢だと思いました」。
POINT 危機発生時こそ、明確に企業姿勢を示す
ライアン・ロクテ選手の騒動とエアウィーヴの危機対応(2016年夏)
問題発覚
スポンサー契約選手の不祥事発覚
エアウィーヴがスポンサー契約していたライアン・ロクテ選手が「ブラジルで強盗被害に遭った」と訴えるも、虚偽と発覚。処分を受ける
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抗議殺到
スポンサー企業に抗議が殺到
SPEEDO、ラルフ・ローレン、シネロン・キャンデラが契約解除を発表。スポンサー各社へ米国民から批判が殺到するが、3社ともノーコメントを貫く。
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危機対応
エアウィーヴも広報対応に追われる
例)高岡本州会長がブルームバーグに出したコメント
私はライアンにアスリートとして尊敬の念を持っており、彼が尊敬できるアスリートであり続けるならば契約が残っている限り、エアウィーヴのアンバサダーであり続けます
3社に続き、最後にスポンサーを降りる。関連イベント中止、NYの旗艦店閉鎖などの余波が。米国市場のビジネス見直しを迫られる。
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エアウィーヴのレピュテーションが上がり、直後に米国内で年間最高売上を記録。しかし事業自体は見直しを迫られ、現在捲土重来を図るべく活動中。
危機対応はコメントで決まる
このように苦渋の決断をしたわけだが、同社は結果的にロクテを招いた五輪期間中のイベントを中止せざるを得なくなり、オンライン販売用のウェブサイトの不具合も重なり、五輪後にニューヨークの旗艦店を閉鎖。販売用サイトの再構築を含めて事業の見直しをすることに。高岡氏はこの決定について、「ライアンがすべての原因ではなく、一つの要素ではありますが、事業のあり方を考え直す一つのタイミングになりました」と語る。
今や、電話での抗議だけではなく、SNSでの炎上なども含め、契約タレントの不祥事が企業にとっての火薬庫にもなり得る時代である。リスクについては忌避すべきことかもしれないが、前出の高岡氏は「むしろチャンスになることもある」と語る。それは、炎上しているときや危機に直面しているときの「コメント力」にある。
騒動が発生した際、最高責任者としてブルームバーグに対してコメントを送ることになったが、高岡氏は会社として準備していた文面に一言足した。元々の文面は「私はライアンにアスリートとして尊敬の念を持っており、契約が残っている限り、エアウィーヴのアンバサダーであり続けます」だったが、「持っており」と「契約が」の間に「彼が尊敬できるアスリートであり続けるならば」を追加した。
他社がノーコメントを貫く中、企業としての姿勢を明確に示したことがむしろ高評価となり、さらにはブルームバーグの記者とも関係を深めることにつながった。そして、この直後に米国内の売上が年間最高を記録したという。
冒頭のカップヌードルの場合、前出のようにむしろ「叩く側がおかしい」「セカンドチャンスを許さない不寛容さ」といった論調がネットでは強く、矢口真里と日清食品はむしろ同情される結果となった。そして覚せい剤取締法違反で逮捕から7年、今年6月に酒井法子がスキンケアブランド「ORIGAMI」のイメージキャラクターに就任したというニュースもあった。するとネット上では「やっぱかわいい!」といった声もあり、結局はキャラ次第といったところもある。人の心の機微の難しさをつくづく感じるのである。