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なぜ地方創生に「広報力」が必要なのか?

熊本・大分「攻めの情報発信」で観光振興による災害からの復興へ

熊本県×大分県

2016年4月、熊本・大分を中心とする九州地方で熊本地震が発生した。災害は周辺地域のイメージや観光業に影響するため、復興に向けたPRが不可欠だ。以前から広報に注力してきた熊本県、大分県では今、積極的な発信を続けている。

※本記事は8月30日・31日に宣伝会議主催のイベント「プロモーション&クリエイティブフォーラム2016」内で行われた講演をレポートしたものです。

8月30日に都内で開催された講演には多くの広報担当者が集まり、熱心に耳を傾けた。

復旧から「復興」への潮目

編集部:「熊本地震」から約4カ月経ちましたが(取材当時)、地震発生後の対応についてお伺いします。

高屋:大分県は地震発生後、まず情報収集を行い、4月29日の湯布院における安倍晋三首相の視察を機に動き出しました。意識したのは、どのタイミングで「復旧」から「復興」へ切り替えるべきなのかという「潮目の見極め」です。見極めの期間となった約1カ月間に広告会社やクリエイターの方々と話をしながら、復興のフェーズにおいて何を仕掛けるかを考えました。

潮目となったのは6月10日に気象庁から「大分地域は強い揺れを伴う余震が発生する可能性が低下した」という安全宣言が発表されたタイミングから。これ以降は「復興のフェーズ」と捉えて、攻めの情報発信に移りました。

つまり、総理視察のタイミングから気象庁発表までが復興の準備期間だったということになり、この期間をないがしろにしなかったことが、復興に向けて勢いよく走りだせた大きな要因だと思います。

成尾:熊本県では2度、震度7の大地震を経験しました。地震発生後は多くの方々から物心両面にわたって、今もなお支援をいただいている状況です。私は4月から熊本県東京事務所に異動していたので、発生直後の都内の様子についてお話しさせていただきます。まずひとつに「県産品を買って応援しよう」という流れがありました。銀座にある県のアンテナショップ「銀座熊本館」では約140人が列を成し、ビルの前をUターンして折り返すほど。店内は商品の供給が追い付かず、最終的には焼酎の一升瓶と500ミリリットルの醤油しか残りませんでした。

このとき、新しくデザインしたくまモンのロゴ入りの紙バッグをつくって、お客さま自身が銀座の街を歩きながら熊本の支援を呼びかけることができる仕組みをとりました。県産酒を飲んで支援しようという「カンパイチャリティー」なども企画しています。

高屋:地震の後は至るところでくまモンのイラストを目にしましたよね。

成尾:そうなんです。漫画家の方が中心となって「くまモン頑張れ絵」というものを作成してくださり、中には中国からの投稿もありました。また、NHKの『あさイチ』などをはじめ多くのメディアでもくまモンの活動を取り上げていただくことで、「くまモンへのエール=熊本へのエール」という図式ができあがっていったんです。2011年に生まれた「くまモン」ですが、今振り返ると、やはり本当の意味で「くまモンが熊本の象徴になった」と感じる出来事でしたね。

2県の「温泉動画」企画対決

編集部:自治体のクリエイティブというと動画が話題ですが、両県は早くから取り組まれていますよね。

高屋:大分県では2015年10月に公開した、シンクロナイズドスイミングとコラボレーションした「シンフロ」というPR動画が代表作です。本来はタブーとされている「温泉で泳ぐ」という試みを映像化したもので、「第53回ギャラクシー賞」(放送批評懇談会)のCM部門「選奨」を受賞しました。こだわりは、シンクロ選手でありシドニー五輪メダリストの藤井来夏さんの出演、air:man(エアーマン)さんによる振付、清川進也さんによる音楽など、プロのキャストや制作スタッフを起用した点です。

成尾:実際にどのような反響がありましたか。

高屋:キー局13番組で露出があったほか、「Yahoo!ニュース」のトップにも掲載されました。それに、名刺交換をする際によく「シンフロ」の話題になるんです。嬉しいですね。

成尾:しかし、こうした思い切った企画がよく通りましたよね。

高屋:その質問、非常に多くいただきます(笑)。今思いますと、広報課長を拝命した直後で、広報の素人ながら怖いもの知らずで企画に取り組めたことが大きかったです。以前に制作した動画も面白かったのですが、今回は「温泉で暴れる」という、県民にとって理想のストレス発散法をストレートに表現できたので、これがウケた理由だと思います。温泉は一般的に制約が多い場所ですから、「本当はできないけれど、一度はやってみたいよね」という根源的な欲求を満たせる動画に仕上がったと思います。

成尾:熊本県では「おんせん県大分」という強固な存在をかなり意識した動画にはなっているのですが(笑)、今年3月に「くまモンの休日」という動画を公開しました。県内だけではなく海外の観光客にも熊本の温泉に入ってもらいたいと思い、英字の字幕つきで温泉の入り方やマナーをレクチャーする内容になっています。

高屋:私も拝見しましたが、一番のポイントはやはりくまモンの意外な行動ですよね。

成尾:そうですね。今回のサプライズは、「くまモンに本当に温泉に入ってもらった」ということです。くまモンはこれまで「赤いほっぺたを落とす」という事件を起こしたことはあるのですが(笑)、今回は実際に湯船に入ってしまうという驚きの展開です。

この動画は3月12日の「くまモン誕生祭」で初めて公開したのですが、ファンからは悲鳴が上がりました(笑)。思い切った絵づくりは、「隣の大分には、温泉で負けないぞ」という意思表示でもありますね。

高屋:再生回数(約133万回)では「シンフロ」に軍配があがっていることをお伝えしておきます(笑)。大分の動画は想定視聴者として県外の方々、特に海外の皆さんの目を意識しました。誰でも映像を楽しめるように、できるだけ視覚で伝わるように言語に頼らない内容にしたんです。実際に動画視聴者のうち約35%は海外からの視聴だということも分かっています。

熊本県

「くまモン一点突破」によって 県全体で一本の筋が通った企画に

熊本地震発生後、漫画家が中心となってTwitter上に投稿された「くまモン頑張れ絵」。写真は森川ジョージ氏のイラスト。
©2010熊本県くまモン

2015年のくまモン関連商品の売上は1000億円を突破。ライセンスフリーのため、許諾は2万件を超えている。
©Steiff2013

2016年3月にはPR動画「くまモンの休日」を公開。くまモンが実際に湯船に入っていると話題に。

「広報が上手い自治体」の視点

編集部:今回の動画をはじめ、熊本・大分の両県は以前から広報活動に積極的な自治体として定評があります。ユニークで人々の心をつかむ企画を実現するためのポイントはありますか。

成尾:最近では、熊本のプロモーションは「くまモン一点突破」のようになってきています。私は、これがとてもいいことだと思っているんです。

「くまモンの休日」の動画は県の広報課が手がけていますが、ほかにも観光課など各セクションがそれぞれくまモンを使った色々な情報発信やプロモーションを実施しています。そもそも熊本は食べ物に観光、歴史と様々な資源がありすぎて、プロモーションに統一感がありませんでした。それが、くまモンを活用することで、今では一本の筋が通った企画として県全体で考えられるようになっています。

そしてくまモンが成功したポイントは、やはり多くの民間事業者の皆さんにライセンスフリーで利用できるイラストを提供しているという点だと思います。県への利用申請は必要ですが、無料で使える代わりに熊本のPRにつなげていただきたいと考えています。

これにより、普段はコラボレーションが実現できないような商品のパッケージでも熊本のPRが可能です。2015年の関連商品の売上は1000億円を突破しました。大手の企業とのコラボレーションは100社以上、通常の許諾は2万件を超えています。

それとくまモンは公務員ですから(笑)、一業種一社という原則はありません。例えば同じ菓子業界でライバル会社同士であっても、複数の企業と組みます。それはもちろん、事前に企業の皆さんにも理解をいただけるよう説明しています。

高屋:大分県の広報では、「何か大分の物を売る」というよりも、「国内や海外の人に大分に来てもらう」ためのプロモーションをすることを大前提として考えています。それは今後の広報の舵取りにおいても大きなポイントになると思うんです。

また、広瀬勝貞知事からはよく「不易流行だ」と言われています。単純に同じものを繰り返し継続しても先には進めませんから、プロモーションの手段ひとつをとっても「変えるべきものは変えて、守るべきものは守る」という姿勢を貫きたいと思っています。

それともう一点。同じプロモーション企画でも、紹介されるメディア次第で反応がまったく異なることも学びました。例えば、関東や関西など都市圏のエリアではあまりテレビが見られていませんよね。一方で中国・四国地方といったエリアはテレビの視聴習慣がありますから、そんなエリアではテレビで紹介される機会を活用するなど、交渉先をうまく見極めながらPRすることも大変重要かと思います。受け手の状況を意識してプレスリリースを送るようにしていますね。

大分県

「大分のモノを売る」よりも「大分に来てもらう」ための施策を

2015年10月に公開したPR動画「シンフロ」。2016年10月には第2弾となる動画を公開した。

熊本地震が発生してから15日後となる4月29日には安倍晋三首相が大分県を視察した。

「九州ふっこう割」で手応え

成尾:熊本県は現在「県民の総幸福量の最大化」を基本理念にしています。これは企業理念のようなもので、これと別に「チームくまモンの行動規範」というものも決めているんです。

3つの「S」を掲げていて、ひとつ目が「SURPRISE」。これはくまモンを通して、例えば「Facebookで『いいね!』と発信したくなるような情報を届けよう」「熊本に来てもらうだけではなくて、『来てよかった』という心のときめきを感じてもらおう」という意味が込められています。二つ目が「STORY」。先ほどの「SURPRISE(驚き)」には、必ずストーリーが必要になるためです。そして最後が「SHARE」。これは売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」の精神がベースになっていて、皆で利益や幸せを共有していこうというものです。

村上龍さんが以前、「他人の喜びに寄与することが自分の喜びにもつながるということが、ビジネス的にもサバイバルのコアになるのではないかと考えている」と話されていました。これは物を売るだけではなくて、その先にあるものに対する喜びが求められる時代になっているということだと思います。その精神は、私たちがくまモンとともに追い求めているものと一緒です。だからこそ、コラボレーションする価値がある存在になれると考えています。そして結果的に県民の総幸福量が増えていけば、住んでいる人も熊本にやってくる人も皆が熊本という場所を好きになれる、幸せになれるのではないかと思います。

高屋:確かに地震による被害は大変大きなものがありました。しかし、実際には大分にも8億円の義援金と4億円の寄付金が集まり、夏休み期間も本当に多くの方に足を運んでいただいて力強いご支援をいただきました。

10月からは九州観光推進機構による九州観光復興キャンペーン「九州ふっこう割」の第2弾も始まりますが、第1弾は大変好評で、各所で売り切れとなったとのこと。今後、この「九州ふっこう割」や私たちが制作したシンフロ動画などを通して、一人でも多くの人に大分に興味を持ってもらえるよう頑張りたいと思います。

成尾:そうですね。2019年には熊本でラグビーのワールドカップや世界女子ハンドボール選手権大会が開催される予定です。このタイミングは海外から熊本が注目される絶好のチャンスだと思っています。今後も引き続き、くまモンも上手に活用しながら熊本のアピールをしていきたいと考えています。

くまモンを起点としたチャリティーやコラボ

熊本県 東京事務所次長 成尾雅貴(なるお・まさたか)氏
1982年早稲田大学卒業後、熊本県庁入庁。2010年4月から、くまもとブランド推進課に勤務。くまモンとともに「くまもとサプライズ」を展開し、蒲島郁夫知事が進める「県民の総幸福量の最大化」の一翼を担う。今年4月から現職。著書に『くまモンの秘密』(幻冬舎新書)がある。

「温泉でシンクロ」動画海外の目を意識し発信

大分県 企画振興部 広報広聴課 課長 高屋博(たかや・ひろし)氏
大分市出身。1984年早稲田大学卒業後、大分県庁に入庁。1991年以降、通算9年間財政課に在籍し、主計員の立場で予算編成や行革プランを作成。総務部総務企画監、観光地域局集落応援室長などを経て2015年から現職。

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