今回は、9月にシンガポールで開かれた、カンヌライオンズのアジア版こと「スパイクスアジア」のPR部門についてレポートしよう。
今年のスパイクスでは、PR部門へのエントリーは286件と昨年を15%ほど上回った。そこから62のショートリストが選出され、グランプリを含む37作品が受賞を果たした。さて、今年の審査方針はどうだったのか。「審査中に特に吟味されたのは、『ナラティブ』かどうか、『カンバセーション』を生んだかの2点です」-日本から審査員として参加したオズマピーアールの遠藤祐氏によると、まずは人に語ることができる、よく練られたひとつの物語になっているかが重要。そのうえで、そのPR施策によって世の中で会話や対話が生まれたか?が評価のポイントになったということだ。
パブリシティ露出そのものは問題ではなく、結果どのようなパーセプションチェンジ(認識変化)やビヘイビアチェンジ(行動変化)を起こせたかが評価を決めるのは、もはや世界的なPRアワードの審査においては定着化しつつある。カンヌやスパイクスでは、さらにその変化の起こし方に「クリエイティビティ」があったかどうかが問われる。PRならではのクリエイティビティとは何ぞやと常に議論になるところだが、「人に語れて社会に会話を生み出せるか」に寄与するアイデアかどうかが、最近はその判断基準となってきている。
さて、そんな審査の末に今年のグランプリに選ばれたのは、シンガポールのユニリーバによる、インドを舞台にしたエントリー「CHAMKI-THE GIRL FROM THE FUTURE」だ。
インドでは、20秒にひとり、5歳以下の乳幼児が肺炎や下痢で亡くなる。このうち44%は生後28日間に起こっている。これを防ぐために必要なのは、実は妊婦に石鹸を使った手洗いを習慣化させること。そこである映像が制作されることになった。制作クルーは、対象となった妊娠中の母親に取材として張り付き、これから産まれてくる子どもへの思いを聞き出す。男の子か女の子か、名前は、どんな服を着せたいか-そしてサプライズが起こる。
村の集会所に集められた母親たちを前に上映されたムービーに登場したのは、思い描いていたまだ見ぬ我が子、しかも5歳に成長した我が子だ。その子が語りかける-「ママ、ありがとう。ここまで育ててくれて。きちんと手も洗ってくれたから、こうして元気に生きているよ」。未来の我が子からのメッセージ効果は絶大だった。このコンテンツの巡回上映イベントには400メディアが招致され、インド政府も巻き込む形で共感の輪が広がり、最終的には「石鹸での手洗い」が国連の定めるSDGs(持続可能な開発目標)のひとつに採択された。今年のエントリーではグランプリをはじめ、大きな社会問題に挑んだインド勢が強かったようだ。日本も頑張らねば。ではまた来月!
本田哲也(ほんだ・てつや)ブルーカレント・ジャパン代表取締役社長/米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナー/戦略PRプランナー。主な著書に『最新戦略PR入門編/実践編』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)、共著に『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。 |