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未来を創る広報

メディア環境の変化とコミュニケーションデザイン

安藤元博(博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ)

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ICTが普及した現代では、メッセージを「どう伝えるか」を考えるだけでは十分ではない。メディア環境の変化を踏まえ、「どう伝わるか」までを考慮したコミュニケーションデザインのあり方とは。

「ICT(情報通信技術)を活用したコミュニケーションデザイン」とは、マスメディアや自社メディア、プレスリリースなど従来からの手段に加えて、PCやスマートフォン、そこで展開されるウェブサイト、アプリ、ソーシャルメディアなどを統合的に活用して、目的とするコミュニケーションをつくり上げることを指す。

ICTが普及する以前、広告や広報におけるコミュニケーションは結果として一方向的になることが多かった。これは本来のコミュニケーションという目的から外れている。ICTの進展はその状況を変えた。受け手の興味や関心、評価は直接あるいはデータの形で間接的に示される。結果、送り手は独りよがりに情報発信をしてしまう危険を回避し、相互に意思疎通をしながら理解を深めあっていける可能性が広がってきたのである。

相互理解の重要性はコミュニケーションにおける本質であり、今に始まったことではない。だがICTの進展により、その理想を従来にも増して十分に追求できるようになった。特にコミュニケーションの「デザイン」ということに対する注目度が高まってきた背景には、そのような環境変化がある。

コミュニケーションデザインの設計全体の基本的な考え方となるのは「双方向コミュニケーション」だ。そして設計を具体的に進める上で必要なこととして、「『自分ごと』化」「メディアニュートラル」「真摯なメッセージ」「継続的な関係構築」を挙げた(図1)。詳しくは以下に説明していきたい。

図1 ICTを活用したコミュニケーションデザインの全体像

「双方向」コミュニケーション

ICTを活用したコミュニケーションが従来と最も大きく異なるのは、「双方向」性の重視である。もちろん既に見たように、ICTの進展の有無にかかわらずコミュニケーションにおいて双方向性は本質的な要素だ。ICTの活用によって、その本来の考え方がより実現しやすくなっている、と考えればよいだろう。

従来のコミュニケーションで企業が送り手として考えるべきことは、絶対的な発信者として「どのように伝えるか」であった。一方、ICTが進展した状況では、企業は生活者が情報を受発信する多数の相手の一部であり、相対的な存在である。そこでは必ずしも「何を、どう伝えるか」のみではなく「何が、どう伝わっているか」を鋭敏に感知しながら行動していかなければならない。

「コペルニクス的転回」という言葉がある。動かない大地からみて太陽や天空の星々が回転しているという「天動説」から、この大地自体が動いていて、自分たちの足場である地球は星々との相対的な位置関係にある存在にすぎないという「地動説」へという、まさに「天と地がひっくりかえる」ような転換を指す。ICTの進展した情報社会ではまさにそのような、これまでの環境の見方が抜本的に変わるということが起こっているのだ。

「自分ごと」化

例えば「答え」を直接伝えるのではなく、あえて「問い」を投げかけたり「トライ」を促すという手法が挙げられる。商品Aの特徴的な利点(答え)を、コピーやデザインによっていかに巧みに表現するのかというアプローチが従来のものだったとすれば、その特徴を直接伝えるのではなく、その商品が使われるような場面でユーザーが一般的に気にしている疑問や悩みを聞いてあげる(問い)という姿勢が相手の関心を呼ぶこともある。

また最初から商品Aの素晴らしさを押し付けるのではなく、あえてその他の商品あるいは改良以前の商品と比べてもらい(トライ)、生活者自身がとらえたその特徴を発信してもらう、というやり方も考えられる。どちらも自ら先に「答え」を言わずにそれを受け手である生活者自身にゆだねる、という方法である。

商品を試しに使ってもらう、体験してもらう、という手法は従来から重要なものだった。ではなぜ、ICTの時代にそれがより強調されるのだろうか。ひとつは、受け手の反応が再発信され拡散するコミュニケーションの基盤ができ上がっていることにある。世の中に流通する膨れ上がった情報量の中には、一人ひとりの生活者が発信しているものが少なくない。逆に、企業から直接発信できる情報の影響はむしろ限定的になっている。そうした環境下では、コミュニケーションを設計する段階で生活者からの発信を意識することが必要である。

もうひとつはウェブ関連のテクノロジーやデータの活用により、受け手の関心の程度に応じたパーソナライズされたコミュニケーションが可能になっていることがある。

受け手が興味関心をもち、場合によっては自ら能動的に探索したり発信したりする余白を置くことで、情報を「自分ごと」化させるようなコミュニケーションが求められている。

メディアニュートラル

ICTの進展によって、コミュニケーションの回路は飛躍的に多様化している。変化しているのはデジタルメディアだけではない。従来から存在するテレビ番組やアウトドアメディア、店頭POP、新聞や雑誌の記事を通じた情報なども、生活者による再編集と発信の対象となりデジタルメディアを通じて拡散していく可能性をもつ時代である。

図2 メディアニュートラルの概念をプランニングに活かす

図2は、博報堂で使われている、生活者が接するあらゆるメディアを9つの枠で整理し一覧できるようにしたものである(POEマトリックス)。縦軸では送り手(企業)からみた関係性によってメディアを3つに分けている。その内訳は、
(1)企業が媒体費を支払って広告掲載する従来型の「ペイドメディア(買うメディア)」
(2)自社サイトに代表される、企業が直接所有する「オウンドメディア(所有するメディア)」
(3)SNSやブログなど、信頼や評判を得られる「アーンドメディア」である。
2010年代の初頭から、この3つのメディアのことを指す「トリプルメディア」という呼称が定着してきた。

「トリプルメディア」が注目された背景には、デジタル化の進行によって、送り手(企業)から見た自社サイトやソーシャルメディアの重要性が増し、従来のマスメディアを使ったコミュニケーションとの連携が不可欠なものになってきた、という認識がある。

一方、メディアを使う際には、それがどのような場で機能し、どのような性格を持っているのか、という観点で分類することもできる。POEマトリックスでは横軸にそうした特徴によるカテゴリーを置いている。

コミュニケーションデザインにおいては、この枠組みを使って自ら実行しようとする施策を書き込み、その全体連携を考えることで、トリプルメディアを単なる概念整理に終わらせることなく、プランニングの現場で活かしていくことができる。

真摯なメッセージ

コミュニケーションデザインという言葉から、送り手サイドが受け手との関係性を恣意的に操作し管理する、というニュアンスを感じる人がいるかもしれない。もちろん技法を駆使し、意図して成果を得ようとすることは必要だが、もし実態や事実を上手にごまかす、ということまで含もうとするならばそれは問題である。倫理的な観点だけではない。これまで見てきたようにICTが進展した情報社会では、情報は企業側からコントロールできる限界を超えて生まれ、広がっていく。都合のいい情報も都合の悪い情報も、きわめて容易に伝わるのがその特徴だ。

これまで広く伝えることが難しかった、顧客や社会のために地道に取り組んできた企業の努力は、たとえ地味であってもそれが真実ならば広く世間の評判を得るかもしれない。ウェブサイトやソーシャルネットワーキングサービスでは、つくりこまれた情報よりもそうした企業活動の生の事実や、社員一人ひとりの率直な思いなどが好意的に受け取られていく可能性がある場だということを認識する必要がある。

逆に昨今、たびたび世間を賑わせている偽装工作や問題の隠ぺいはただちに明るみになり拡散し、企業に大きなダメージをもたらすリスクが高まっている。多くの事例が示すように、情報社会においては規模あるいは伝統の権威の力をもってしても虚偽はごまかしきれるものではない。ICT時代のコミュニケーションにおいては、受け手に対する送り手の真摯な態度こそがこれまでにも増して不可欠な要素になっていることを肝に銘じる必要があるだろう。

継続的な関係構築

ICTを活用したコミュニケーションデザインでは、受け手の反応と発信を重視する──すなわち「伝え方」のみならず「伝わり方」を大切にし、目的と状況に応じて多様な手段を柔軟に組み合わせていくことが求められる。こうした考え方のもとでは、施策は「やりっぱなし」ではなく常に改善を意識しながら進むことが重要だ。むしろ最初から精緻に企画をつくりこむよりも、比較的早めに実行に移し、受け手の反応を見ながら迅速に改善していく、という発想の転換が望まれる。

「PDCAサイクル」は、ICT時代のコミュニケーション活動運営の基本的な考え方と言える。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→Act(改善)の4段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善する。この継続により、受け手との間に良質な共通の基盤をつくり、育てていくことがコミュニケーションデザインにおいて非常に重要になる。コミュニケーションの仕事でもっとも大切なことのひとつは、単発の施策の成否のみならず、それらを円滑にしていくための相手と共通の土俵を形成していくことなのである。

ICT時代のコミュニケーションデザインとは、短期的な成果のみを求めるのではなく、誠意をもって受け手との関係性を築き、蓄積し、続けていくことにあると言えるだろう。

博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
エグゼクティブマーケティングディレクター
安藤元博(あんどう・もとひろ)

1988年博報堂入社。ACCグランプリ、Asian Marketing Effectivenessほか受賞多数。ACC、カンヌライオンズなどの審査員を歴任。2017年社会情報大学院大学の客員教員に就任予定。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著・日経BP社)など。東京大学大学院学際情報学府修了(社会情報学)

日本初、広報・情報の専門大学院が2017年4月に開学します。

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