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本田哲也のGlobal Topics

EMOJIは今や共通語、日本の「曖昧なコミュニケーション」が世界を救う?

本田哲也

日本発の「絵文字」は今や世界で通じる「EMOJI」に──。本誌連載「本田哲也のGlobal Topics」の特別編として、本田氏によるカンヌライオンズでのセミナー内容をレポート。日本人ならではのコミュニケーションについて考えたい。


「カンヌクリエイティブアカデミー」で外国人クリエイターやマーケター向けに講演する著者。

なぜ「EMOJI(絵文字)」は日本で生まれたのか? ──そんなテーマで、今年のカンヌライオンズでレクチャーをしてきた。8日間の多様なプログラムの中には、「カンヌクリエイティブアカデミー」と呼ばれる、世界中から集まるクリエイターやマーケターを対象にした集中講座がある。今回は、このアカデミーで講義した内容の一部をまとめてお届けしよう。

フランス人はハートがお好み

EMOJIはもはや世界的なブームとなっている。昨年、オバマ大統領はホワイトハウスに安倍首相を招いた際に、日本が生み出したもののひとつとしてEMOJIを挙げ称賛した。また世界的に知られるオックスフォード辞書は、毎年「ワードオブザイヤー」を発表しているが、2015年はEMOJIが選ばれた。「文字以外」が受賞したのは史上初めてだ。

かように世界に広がったEMOJI。ここにひとつ面白いレポートがある。キーボードアプリのSwiftKey社が世界各国におけるEMOJIの使われ方を調査した「SwiftKey Emoji Report April 2015」だ。例えばアメリカでは、人気なのはドクロ、誕生日ケーキ、炎など脈絡がない。LGBT関連も多く使われており、ひとことで言えば「多様な」絵文字文化だ。一方オーストラリアでは、面白いことに圧倒的に「お酒」に関係したEMOJIが多く使われ、使用率は他国平均の2倍にのぼる。アラブ諸国では、「花や植物」に関連したものが好まれ、他エリアの4倍の頻度で使われている。カンヌが開催されるフランスはどうか。フランス人が好むのは「ハート」の絵文字で、ありとあらゆるハート関連の絵文字がよく使われる。その頻度は他国の実に4倍。さすが「アムール(愛)」の国と言うべきか。各国の違いを見るだけでも、文化人類学的に非常に興味深い。クリエイティブの観点からも同様で、今年のカンヌにもEMOJIに関連したエントリーが急増している。

地域ごとに使われるEMOJIは異なる。

さて、これを日本人から見るとどうなのか。まず、日本ではすでに絵文字ブームといわれる時期は終わっている。また本来の使われ方にも独特のものがあり、実はそのことが日本独自のコミュニケーションやクリエイティブのあり方に関係しているのだ。ではなぜ日本でEMOJIが生まれたのか、その背景を探っていこう。そこには大きく2つの要因がある。

ひとつめは、「絵」と「文字」を古来から融合させてきた日本文化だ。例えば、18世紀の江戸時代に書かれた「蕪村の手紙」。これは歌人である与謝蕪村が友人にあてたもので、「先日おじゃましたときに雨がひどくなってきて、結局傘を借りて帰った。ありがとう」という内容だが、「雨」や「傘」のイラストがすでに文章中に登場している。「絵文字メール」の元祖というわけだ。このように、日本には「文字と絵のつながり」という文化が古くからあり、これが「絵文字」の誕生につながった。現在世界のほとんどの人は、「EMOJI」​は「EMOTION」に由来すると思っているはずだが、これはいわば「幸運な偶然」と言うべきだろう。

もうひとつの背景は、日本古来の「神道」だ。よく知られるように、神道では「八百万の神々」がいるとされる。このたくさんの神々は、さまざまな事象を「相談しながら」「話し合いながら」決めていた。このことが、日本人に特有である「配慮や気遣い」を大切にする文化を醸成し、結果として「曖昧なコミュニケーション(Ambiguous Communications)」が主流となった。文字だけのストレートさを緩和し、行間を醸し出す絵文字は、いわば「気遣いのツール」として誕生したとも言えるだろう。

EMOJIで変わるニュアンス

日本で生まれ、世界に広がったEMOJI。世界中の若者が使い出したEMOJIは、既存の言語の壁を超えた「次世代コミュニケーション言語」としての大きな可能性を秘めている。このことは、コミュニケーションやクリエイティブに関わる僕たちにとっても、とても喜ばしいことだ。大いに活用していくべきだけれど、最後に2つだけ重要なポイントを挙げておきたい。

ひとつは、「同じEMOJIで同じ感情が伝わるとは限らない」ということだ。ここに興味深い実験結果がある。早稲田大学が、日本とタイの学生を対象に行ったものだ。200人の日本人学生とタイ人学生にいくつかのEMOJIを見せて、「どのような感情を受け取るか?」と質問した。そのうちのひとつが、「ムンクの叫び」をモチーフにしたと思われるものだが、結果が面白い。

学生に見せたのはこちらのEMOJI。

91%の日本学生が「哀」と答えたのに対しタイ学生は51%にとどまり、逆に「楽」と答えた日本学生がわずか6%なのに対してタイでは29%にのぼった。日本人とタイ人のカップルはEMOJIの多用には気をつけたほうが良さそうである。

もうひとつは、EMOJIの持つ、「微妙なニュアンスを伝える」という機能。日本語的に言えば、「余白と余韻のコミュニケーション(Communicating Subtext and Nuance)」といったところだ。例えば、「じゃあ、今から寝るね」という同じ文章。最後のEMOJIを変えた場合、同じ印象を持つだろうか?もちろん、どう受け取るかは受け手次第だとは思うが─例えばひとつめは「やっと寝られるうれしい!徹夜で臨んだプレゼンもうまくいったし、じゃあ、今から寝るね」、ふたつめは「今夜飲みにいったのは失敗……明日の朝プレゼンなのに……じゃあ、今から寝るね」、みっつめは「もうちょっとLINEしていたいけど、明日プレゼンだから……ごめんね。じゃあ、今から寝るね」──こんなニュアンスだろうか。最後のEMOJIによって、ここまで文章の印象は変わってくるのだ。

​「じゃあ、今から寝るね」という文章に後にどんなEMOJIをつけるかで、異なるニュアンスが伝わる。

EMOJIには「次世代言語」としての大きな可能性がある。しかしここで強調しておきたいのは、日本で生まれた「絵文字」の背景にある「コミュニケーションを相手のイマジネーションにゆだねる」という発想だ。上から目線で言い切らない。微妙なニュアンスや余白を表現する──こうしたコミュニケーションの流儀は、世界中のクリエイターやコミュニケーターにとって重要度を増すだろう。なぜなら、僕たちが向き合い始めているのは、これまでにない多様性あふれた世界であり、そこでは多様な相手に合わせたコミュニケーションが求められるからだ。

​ブルーカレント・ジャパン​ 代表取締役社長 本田哲也(ほんだ・てつや)

米フライシュマン・ヒラード上級副社長兼シニアパートナーを兼任。戦略PRプランナー。主な著書に『最新 戦略PR 入門編/上級編』(KADOKAWA/アスキー・メディアワークス)など。
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