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広報担当者の事件簿

隠ぺい体質と内部告発 企業広報に通じるいじめ自殺問題

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    市立高校で男子生徒がいじめ自殺〈前編〉

    【あらすじ】
    市立高校の屋上から男子生徒が転落した─。一報を受けて現場に駆けつけた、暁新報社会部記者の森田健志。森田が現場に到着すると、学校は物々しい雰囲気に包まれていた。聞き込みを続ける森田は、ある生徒から男子生徒の死に関する重要な証言を得る─。

    「友の告発」

    「加茂」「はい」。「工藤」「はあーい」。「近藤」「はいっ」。

    昨夜も用もなくスマホをいじっていたら0時を過ぎていた。寝不足気味に登校してきた佐伯エリは、毎朝繰り返される担任教師の渡部による出席確認にウンザリしていた。「佐伯」「ふわーい」。欠伸をしている途中に呼ばれてしまった。「ちゃんと返事をしなさい」ととがめられはしたが、それだけのことだ。今日もつまらない授業が始まるのかと思うと憂鬱になる。窓辺の席からボーッと外を眺めていた。「え?」黒い物体が上から落ちてきたように見えた。ドスン。

    窓の外で鈍い音が聞こえた。

    「はい、森田」。休みの前日に限って何か起きるんだよなー。森田健志がそう思いながら携帯電話の通話ボタンを押す。声の主は暁新報社会部デスクの藤村からだった。森田の上司である。

    市立中学で生徒が屋上から転落。即死だ。至急向かってくれ。住所は開明市開明5‒△△」「また自殺ですか?」「詳細はまだ分からん。先入観は捨てろ」と言って通話が切れた。



    窓の外から女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。遠くから救急車のサイレンが近づいている。騒ぎに気づいた教師や生徒たちが窓から下を覗くと、土の校庭沿いの白いコンクリートの歩道に、黒っぽい人影がうつ伏せの状態で横たわっている。身体から流れ出たのだろうか、コンクリートがその周囲だけ赤く染まっていた。エリは、吐き気を覚えた。他の女子生徒も同様だった。教師や生徒たちが、赤く染まった部分を取り巻くように立っている。その場に倒れこんでしまった女子生徒が仲間に抱えられて校内に運ばれていく。「木島君!」「きじまー!」「しっかりしろー!もうすぐ救急車が来るからな!」教師や生徒たちが叫んでいる。しかし、人影は横たわったままピクリとも動かない。救急車が校庭の中へと進入してきて、車内から救急隊員と思われる人たちが飛び出してきた。すぐさま処置を施すが何の反応も見せていないようだ。「聡君……」いつの間にかエリの横で様子を眺めていた同じクラスの前田サチが呟いた。



    「学校に到着した時には、既に規制線が張られていました。所轄に聞いたところ、即死状態でした」。森田は藤村に電話で報告する。「自殺か」「そのようです。自宅の部屋から遺書が見つかっています」。日頃から情報交換をしている刑事からの情報だと森田が付言する。遺書によれば、同じ中学校の同級生からいじめを受けていた。いじめをしていた3人の名前も書かれているという。加えて、担任教師に相談したが、その担任教師は、いじめに対し見て見ぬふりをして、時にはその様子を眺めながら笑っていたという。

    無念さ、悔しさが溢れた内容だった、と刑事は教えてくれた。どうしてこんなことばかり起きんだろうな……。刑事がポツリと呟く。「ちょっとタバコでも吸おうかな」と目を向けてくる。一緒に来いという合図だ。

    “いじめを苦に自殺か?学校側は見て見ぬふり?”森田の記事が翌日、朝刊の社会面トップに掲載された。署の裏手で刑事の“独り言”を聞いた森田は、その夜遅くまで取材に奔走した。学校、教育委員会、友人たち、そして亡くなった中学生の両親。両親は別として、友人は何も言おうとしなかった。森田は「いじめがあったことは知っているが、言えば報復される」と友人たちが怖がっていると感じていた。10人以上に聞いても誰も何も答えてくれなかった。が、一人の女子生徒だけは違っていた。亡くなった男子生徒と幼なじみだという前田サチという女子生徒だった。

    「聡君は大人しい性格だから……中学生になった頃から3、4人の同級生にずっといじめられていた。全身をガムテープで縛られたり。自殺の練習だと言われて、2階から突き落とされたり……」メモを取りながら森田は聞き役に徹した。「担任だって知っていた。先生、聡君がいじめられているのを見て笑っていたことだってあった」情報提供のあった遺書の内容と一致する部分だと森田は思った。

    「それなのに……学校は何もしてくれなかった」とその場にしゃがみ込んだサチが泣き崩れた。社会部の記者として、悲惨な現場は何度も経験してきたが、自殺ほど心の闇の中に入り込まなければならない取材はない。人の死をともなう事件はすべてそうだが、特に近年増加しているいじめによる自殺ほど関係する人間の本性が晒け出されるものはないとも感じていた。新聞記者として、この問題にどう向き合うべきなのか自問自答を繰り返している。

    森田がそっとサチにハンカチを差し出した。嗚咽を漏らしながら頬を拭っていたサチだったが、少し落ち着きを取り戻した様子で、森田に語り出した。「聡君、かなり悩んでいた。もう死にたいって。お母さんと警察にも相談に行ったらしいんだけど、取り合ってもらえなかったんだって」「いつ頃?」「半年ぐらい前」いじめの証拠がなかったのか、それとも面倒くさかったのか。結局、親以外の大人は誰も耳を傾けていなかったことになる。横目で他社の連中に見られていないかと気にしながら、公園のベンチで話を聞いていたが、気がつくと30分以上が経ち、家々の灯りが目立ち始めていた。

    「記者さん」サチが目に力を込めながら言う。「聡君はあの子たちと学校に殺された!死ななくてもいい聡君が……殺されたんだ……ちゃんと書いてください!お願いします」。

    迷いのない目だった。ここまで話してくれたこの子のためにも、学校教育のあり方にまで踏み込んだ記事をしっかりと書かなければ、マスコミの存在意義がない。森田は強く感じていた。



    「なぜ校長が出てこないんだ。こんな説明で納得できるわけがないだろう!」。自殺があった翌日の午後から学校側の記者会見が開かれていた。学校は終始 ...

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