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実践!プレスリリース道場

丸徳海苔の教科書のようなリリース「トーンを使い分ける技法を学ぼう」

井上岳久(井上戦略PRコンサルティング事務所・代表)

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新聞や雑誌などのメディアに頻出の企業・商品のリリースについて、配信元企業に取材し、その広報戦略やリリースづくりの実践ノウハウを紹介する「リリース道場」。今回は丸徳海苔による、基本に忠実でありながら訴求力を高めたリリースについて紹介します。

「世界一おもしろい海苔屋」へ

丸徳海苔(広島県)がユニークな海苔のスナック菓子を開発して話題を呼んでいます。広島弁のちょっと怖いイメージをパッケージの顔で表現した、その名も「ワルのりスナック」。今回は中小企業にも学ぶところが多そうな同社のリリースやPR戦略にスポットを当てたいと思います。

近年の米食の減少で、焼き海苔や味付け海苔が食卓に上る機会は減っています。せっかくビタミン、ミネラル、食物繊維がバランスよく摂れる日本の伝統食なので、もっと手軽に、子どもたちにもおやつとして食べてほしいという思いがスナック菓子開発の発端。

商品企画担当の保田直美さんによれば、開発当初は「えびせん」の海苔バージョンのようなものや海苔天のようなものなど、いくつかのアイデアがあったそうです。そこから「ポテトチップスのように食べられてヘルシーなスナック」という理想形に近づけるために試行錯誤を重ね、完成に至りました。

ユニークなのは「ワルのり」というコンセプト。社内で会社の今後の方向性を話し合った際、「世界一おもしろい海苔屋」という声があったというから、元々、ユニークな企業なのでしょう。そこへ地方企業に販路支援などをしているサイト企画会社から「他県民には恐ろしく聞こえる広島弁をお土産にしてはどうか」というアイデアが挙がり、「ワルのり」としてまとまりました。

単に「新しい海苔のお菓子」で興味を引くのは難しいけれど、「話題性があれば一度は食べてもらえるのではないか。そして自信のある中身ができたので、一度手に取ってもらえば自然に広がっていくだろうという期待もあり、まずは話題性を狙いました」と保田さん。これは中小企業がどこでも抱える課題です。いくら良い商品をつくっても、売れるためにはまず、話題になる仕掛けづくりをしなければならないのです。特にネットで口コミが広がる今の時代、多くの人の口に上るのは「おもしろいもの」。そこに目を付けたのがこの商品です。

ユニークさを表現するのはパッケージ。「怖い広島弁」から、アートディレクターが海苔でヤクザ映画風の顔をつくるアイデアを思いつきました。巻き紙を外すと優しい顔が現れるのもユニークです。顔とセリフは6種類あり、セリフは多数の候補の中から、インパクトの強さを基準に選考。顔の中には宮島で有名な「鹿」が隠れキャラで混じっており、通販では「どれが届くかお楽しみ」とするなど、おもしろがってもらえそうなポイントが満載です。

味も多数試作した中から、広島土産として伝わりやすく、インパクトがある「お好み焼き」と「瀬戸内レモン」が残りました。自信作というだけあって非常に美味しく、ビールのおつまみにもよく合います。

商品開発の段階でPR視点を

私が同社と知り合ったのは3年ほど前のこと。PRを教えてほしいということで、お付き合いが始まりました。同社の良い点は、「ワルのりスナック」を見ても分かるように、商品開発の段階で既にPRの視点が入っていること。良い商品であっても、PRするフックが必要であることをよく理解しています。

リリースも勘所をよく押さえた、添削しなくても良いリリースです。「ワルのりスナック」と、「瀬戸内カレー」(※私はカレー専門家ですが、私のプロデュース商品ではありません)のリリースを見てみましょう。(Point1)まずこの2つのリリースを見比べると、トーンがずいぶん違うことが分かります。カレーが商品説明を重視しているのに対して、ワルのりスナックは商品名を特大で出し、パッケージの写真を並べておもしろそうなリリースにしています。つまり各商品に合った“ノリ”を演出することがリリースにも必要だという好例です。

ビジュアルの使い方も上手です。インパクトのあるパッケージを前面に出すのは当然ですが、巻き紙を外すと優しい顔が現れる二重構造や、6種類に1種類は隠れキャラがいるという点を「?」マークで隠すことで、「どんな顔なんだろう?」とメディアの興味を引きます。このように、(Point2)素材をより効果的に見せる工夫をしてみるのも良いでしょう

また、どちらのリリースも、簡潔に特徴が伝わるよう、ポイントを3つに絞って箇条書きしています。リリースでは基本のテクニックですが、注目したいのは、(Point3)3つの切り口がそれぞれ違うこと。ワルのりはセールスポイントを3つ挙げているのに対し、カレーは広島ならではの食材を使っていることが重要なので、3種類あるメニューを並べています。何を箇条書きにしたら商品を一番アピールできるかも考えどころです。

カレーのリリースでは「ぷりっぷり」や「濃ゆ~い」などの若者言葉も使っています。公式文書には使わない言葉で、大企業は敬遠しそうですが、そこは格式ばらない中小企業の強み。自覚して使っているならば良いと思います。末尾には社のキャッチフレーズのような文言を入れており、ブランド構築に対する意識の高さもうかがえます。

リリースの配信は記者クラブへの投げ込み、ファクス、メールを合わせて70通ほどで、ワルのりは記者発表も開催。私がPR指導で特に力を入れたのが地元での記者発表。当日は10社ほどのメディアが来場し、その日の夕方にテレビ3局で放映されました。「紙媒体やネットニュースなどでも同時多発的に取り上げていただいたので、話題の商品だと認識を持ってもらえたようです。発売直後に出店したお祭りでは『テレビで見た』『今、流行っている商品だよね』との声をたくさんいただきました」と保田さん。テレビ以外ではこれまでにラジオ3社、紙媒体8社、ネットニュース15社で取り上げられ、今は製造が追いつかない状態。「製造機材などの補充を進め、さらなる量産体制を整えているところです」と嬉しい悲鳴を上げているようです。

大阪や首都圏にも支所を置こう

同社が2012年から広報に力を入れるようになったのは、それまでの販売ルートに加え、直販に力を入れるようになったからです。従来ならセールスマン主体の営業で売れていきますが、直販は知られなければ売れません。かといって広告予算を大きく取ることも難しいため、広報に着目したのです。

海苔は日本中の各地方にメーカーがあり、地産地消の性質が強い商品。山本山や白子のりのように全国展開をしているブランドもあり、私は丸徳海苔にはそこを目指してほしいと思っています。そのためにも「まず知ってもらう」という今の戦略は正しいといえます。土産品は旅行者が地元に持ち帰って拡散していく可能性を秘めた商材なので、地域限定販売にするなど、もっと土産品としての色の強い商品を出しても良いと思います。

これからの課題はメディアとの関係性でしょう。現在は地元メディアの反応が良いので、それを大事にしながらも、大阪や首都圏のメディアに広げていきたいところです。独自にリサーチしてコンタクトを取っているようですが、もし本当に勝負作ができたときは、東京でも記者発表を開催することを勧めます。一度会えば垣根はだいぶ低くなります。そして東京や大阪専任の広報を立てて、オフィスビルの一室で良いから広報用の支所を設けておくと、メディア側もかなり取材がしやすくなるでしょう。おもしろそうだなと感じていても、距離に二の足を踏んでいるメディアは多いものです。ぜひ積極的に攻めてほしいと思います。

構えずに記者発表を行おう

記者発表というとよっぽどすごいことをするように感じて尻込みする人が多いようです。丸徳海苔も未経験でしたが、今ではずいぶん上手にできるようになりました。会場はホテルなどを借りずとも自社内で行えば良いですし(丸徳海苔はキッチンスタジオで開催しています)、司会も社員でいいのです。東京、大阪、名古屋以外では記者発表自体が珍しく、行けば確実に「画」が撮れるのでメディアは喜びます。地方なら10 社も来れば十分でしょう。そして取材に来たからには記事や番組にしようと、担当者は社内に働きかけてくれます。丸徳海苔は同じ工業団地にある企業から「なぜ丸徳さんばかりいつもメディアに出られるのだろう?」と不思議がられているようです。メディア以外にも、スーパーや展示会から声がかかることも増え、ビジネスが広がります。ぜひ記者会見について構えずに、最初の一歩を踏み出してみてもらえればと思います。

【企業情報】
企業名 丸徳海苔
資本金 2500万円
所在地 広島県広島市西区商工センター7丁目1-40
代表者 濱野徳之
売上高及び利益 非公表
従業員 47人
沿革 1949年、広島市で濱野徳三商店として味付け海苔加工業を創業。2007年にキッチンスタジオや工場見学用の整備を整え、本社・工場を全面改築。
【広報戦略】
広報部署の人員は2~3人。年間のリリース配信は5~8回、広報イベントは1~2回。年間の掲載数はテレビ8~12本、ラジオ8~12本、紙媒体約20。今後は全国向け媒体への掲載を目指していく。

井上戦略PRコンサルティング事務所 代表 井上岳久(いのうえ・たかひさ)

1968年生まれ。フードテーマパークのPRで年間300本以上のリリースを配信するなど独自の手法で成功に導いたPRコンサルタント。『無料で1億人に知らせる門外不出のPR広報術101』(明日香出版社)ほか著書多数。

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