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広報担当者の事件簿

ニチヨウ食品異物混入事件〈前篇〉 「傍観の代償」

佐々木政幸(アズソリューションズ 代表取締役社長)

    ニチヨウ食品異物混入事件〈前編〉

    【あらすじ】
    9月2日、加工食品の製造・販売を担うニチヨウ食品山梨支店の梶原史哉に、部下からある報告が入った。ある母親から「子どもがおたくの肉団子を食べたら、嘔吐と下痢が止まらない」と電話が入ったのだが、連絡先も告げずに切れてしまったという。その後何の連絡もなく、梶原は気にも留めていなかった。しかし1週間後、その子どもが死亡したことを知らされる─。

    @e-ko ねえ、これ見てみてー
    @tadao ただの肉団子じゃね?
    @e-ko じゃーん。正解は腐った肉団子でーす☆彡
    @ko-suke へー、わざと腐らせてTwitterで腐敗臭画像でも流行らせる気?www
    @e-ko うちの母親、この肉団子食べて吐き気orz…今病院。賞味期限切れてないけど、吐き気止まんないみたい。ニチヨウ食品さーん、答えてよー。答えてくれなきゃTwitterで花火大会になるよー
    @tadao 大炎上タノシミですね。コウゴキタイψ(`∇ ´)ψ

    「これ、ニチヨウさんに流しておいて」。Twitterで監視したツイートの内容を確認して、神野隼人がアシスタントの真瀬典子に言う。「また悪戯か。暇な奴らは夜騒ぐのかしら」。真瀬は企業もいい迷惑だわと呟きながら、たった今神野に指示された内容をニチヨウ食品営業部に報告するため、ファクスの送信ボタンを押した。画面に送信中の文字が映し出され、呼び出しの電子音が鳴る。1分後、正常に送信されましたという通知が、画面に表れた─。

    9月2日午前10時00分

    毎週水曜日の定例営業朝一会議。今朝も始業時間の9時から始まり、きっちり1時間で終わった。会議とは名ばかりの支店長への「週次報告会」に梶原史哉は辟易としていた。ニチヨウ食品山梨支店には、支店長を含め31人の社員が在籍している。昨秋の定期異動で、本社からやってきた支店長の芳賀拓也はまだ39歳。梶原よりも3年後輩である。俗にご栄転と言われる、同期の中では最初に支店長となった出世頭らしい。初めこそ期待感もあったが、本社の方針を現場に押しつけ、支店社員の意見には耳を傾けようとしない。そのため、現場の社員からはまったく受け入れられていなかった。

    今週も“儀式”が終わり、溜息まじりで自席に腰を下ろした梶原に「課長、ちょっといいですか」と部下の千葉はるみが遠慮がちに聞いてきた。「先ほど、甲府市内のお客さまから『おたくの肉団子を食べたうちの子どもが吐き気と下痢が止まらない。これから病院に連れていく』と情報提供があったんです」「うちの肉団子に間違いないのか?」と確認すると、詳しいことを聞く前に電話が切れてしまったと千葉が恐縮したように言う。

    電話をかけてきたのは母親だったらしく、5歳になる息子が昨夜、夕飯後に症状を訴えたという。名前は聞いたのだが連絡先は言わなかったと、千葉が付け加えた。梶原はその日、商談が重なっており、千葉の報告を受けてすぐ外出した。支店に戻ったのは夜7時過ぎ。はじめこそ不安がよぎった梶原だが、商談の進捗と反比例するように、脳裏から後退していっていた。

    「その後、連絡はありません」と千葉からの連絡メモがあった。午前中報告を受けた体調不良の件だと思い出した。「連絡がないということは大したことなかったか、いたずらだったか」と、梶原は商談の件に思考をシフトさせた。それ以降“あの件”を思い出すことはなかった─。

    9月9日午前11時30分

    「梶原さん。ちょっと」と自室の扉を開けた芳賀が手招く。メガネの奥にある表情は読み取れないが、雰囲気からあまりよろしくない呼び出しのようだ。朝から週次報告会で顔を合わせたばかりなのに、また小言でも言われるのかと、ため息交じりで支店長室に入る。

    「1週間前、幼児の体調不良について、外部から情報提供はなかったですか?」「ありましたが、その後は何も連絡が入っていないですね」。そう梶原が答えると、芳賀の顔がみるみる紅潮した。

    「…なぜ私に報告しなかった!」ガッシリとした梶原の体躯がビクリとする ...

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