製造工場で起きた爆発事故 向き合わざるを得ない現実〈前編〉
2年前、東京のトーミョー食品本社から宇都宮の工場へ異動した総務部課長の森川遼。ある朝、部下の川瀬雄太から信じられない連絡が入る。それは、工場の製造棟で爆発が起きたというものだった。総務部長の丹後圭司らは対策本部を設置する。しかし、かつて作成された危機対応マニュアルを活かす者はいなかった。
広報担当者の事件簿
【あらすじ】
東京建設で粉飾決算が発覚した。広報部に動揺が走る中、検察が強制捜査に乗り込んできた。広報課長の丹波和広が玄関前に向かうと、すでに多くのマスコミの姿が。恐怖に足を震わせながら、必死に対応する丹波たち。しかし、その裏で対応を協議する役員たちは、互いに責任を押し付けあうばかり。苛立ちを隠しつつも対応に当たる丹波に、ある記者が声をかけた─。
それは突然だった。濃紺のスーツに身を包んだ20人ほどの一団がビル正面の玄関から入ってきた。有無を言わさぬ雰囲気を纏っている。総務部長の延岡が連絡を受けてから、10分後の出来事だった。「玄関前にマスコミが押しかけている。対応してくれ!」。悲鳴にも似た声で広報部長の龍田信人に連絡があった。少し薄くなっている頭頂部には、汗が滲んでいる。「誰か、玄関に行って対応してくれないか」。指示なのか懇願なのか。上司なら上司らしくはっきりと命令してくれと思いながらも、丹波和広はイスに掛けていたスーツの上着を掴みとり、エレベーターホールに向かう。部下の野尻浩平も追いかけようとするが、丹波は「お前はここに残れ」と制止した。下降ボタンを押したが、エレベーターの扉はなかなか開いてはくれない。待ちきれずに階段を駆け下りた。いつの間にか、部下の渡瀬真琴が後から付いてきている。「何が楽しくて、修羅場を見たいんだ」と軽く咎めるが「広報ですから!」と一つ高い声で返してきた。
玄関前にはテレビ局、新聞社をはじめ100人近い報道陣が陣取っていた。既に検察がビルに入った後だからか撮影用のライトは消されていたが、丹波たちを確認した瞬間、ライトが一斉に焚かれた。「何が始まろうとしているんだ」。誰ともなく呟いた丹波は、震える足を一歩ずつ報道陣の前に踏み出した。渡瀬は茫然としたままだ。
取り囲まれた丹波に、四方から矢継ぎ早の質問が浴びせられた。「記者会見はやらないのか」「組織ぐるみの犯行か」「コメントは出ないのか」に始まり、粉飾決算と政治家への贈賄は氷山の一角で、建設業界と永田町との癒着体質、業界内のもたれ合い構造まで追及してきていた。事実を知る丹波は「調査中です」「お答えできません」と言うしかない。
そんな対応姿勢が伝わったのか「答えられないのか、分からないのか。どちらですか!」と詰め寄られた。丹波が下を向いて「…分かりません」と伝えると「答えられる人を出せよ!どんな事件を起こしたのか、自覚があるのか」と詰問が続く。まるで吊るし上げだ。
一方、突然の強制捜査が入った社内は蟻の巣を突いたような騒ぎになっていた。全業務が停止し、資料の類はもちろん、社員の私物に至るすべての物が押収の対象となる。取締役全員が役員室に集められた。社長の白波幸三と専務の立橋直樹が別室に呼ばれているが内容を把握している者はいない。
30分もの間マスコミの“口撃”に晒さた丹波と渡瀬は、這々の態で自席に戻った。渡瀬は声も出せないようだ。他の広報部員も言い訳とも説明ともつかない口調で電話対応に追われている。
総務部の情報では5年間で売上高775億円、197億円の利益操作が行われていたという。上層部は皆自分の立場を守ろうとしているようにしか映らない。その証拠に「マスコミを抑えてくれなきゃ困るんだよ。それが広報の仕事だろ!私の立場も考えてくれ」と広報担当常務の花輪毅彦が、龍田に声を荒げているのを聞いた。周囲では広報部員たちが必死に受話器を握っている。「結局、汚れ役は部下なのか」と虚しさばかりが先に立つ。窓の外に目をやると、雨の勢いが増してきているように見えた。
自席の電話が鳴った。受付からだ。記者たちが丹波に面会を求めているという。捜査中である今、何も話せることはない。それ以前に、広報部には何も情報が降りていなかった。前回の対応から45分。玄関前に行くと、丹波の姿を確認した記者たちが一斉に集まってきた。「検察の捜査はまだ続いているのか」など確認の範囲を出ない質問に終始したまま、その場から解放され、自席に戻ろうと記者たちに背を向けた、その時だった ...