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元「TVキャスター&内閣広報室審議官」が読み解く、あの危機の広報対応

激論の末のサプライズ会見。浜岡原発停止の首相会見の舞台裏

慶応義塾大学特別招聘教授 下村健一

危機が発生したとき、その後の広報対応によって世の中に与える印象は大きく変わる。本連載では、ある時はメディアの立場で多くの危機を取材し、またある時は激動の時代の内閣広報室で危機対応を行った経験を持つ下村健一氏が、実際にあった危機の広報対応について説く。

いわゆる“サプライズ広報”の成否の鍵を握るのは、タイミングだ。発表が遅くなればなるほど、中身が先に漏れて効果を失うリスクは増大していく。しかし、それを恐れて逆に前倒しにすればするほど、水面下の根回し不足でさまざまな混乱・軋轢を生むリスクが増大する。この、右肩上がりと左肩上がりの2本のリスク曲線の交点を見つけて、《最大限の効果と最小限の混乱》のタイミングで発表する難しさ。

無論、その他にもタイミングを左右する外的要因は多々あるが、ちょうど3年前の今頃、首相官邸の最奥部では、総理大臣記者会見の日取りを巡って、上記2曲線のジレンマが激しくぶつかり合う典型的な事態が起きていた。

混乱回避か、目的実現優先か

東電福島第一原発事故の発生からまだ2カ月も経っていない、2011年5月6日(金)の夕刻。官邸内の内閣広報官室にある私の席の電話が鳴った。

「下村さん、大至急、総理執務室に来てください!」

原発事故の状況も、いつ首都圏全員避難の重大記者会見の準備指示が来るかと気が気でない時期は一応過ぎつつあったこの頃、こんなに切迫した感じの呼び出しは久しぶりで、私は大急ぎで階段を駆け上がった。

総理執務室に飛び込むと、菅直人首相(以下、肩書きは全て当時)と普段の側近たちに加えて、海江田万里経産大臣や経産省の幹部たちが何人も居並び、室内は緊張した空気が張り詰めていた。私の顔を見るなり、枝野幸男官房長官が言った。

「浜岡を止めることにしました。総理が発表するから、用意して下さい」。

聞けば、現地視察帰りの海江田さんの進言に即応して、浜岡原発の運転停止を中部電力に要請する決断を、菅さんが下したという。この前代未聞のサプライズ会見を、誰が・いつ行うか?

まず《誰が》については、これほど重大な話なのだからトップが直接国民に語るべきだろう、ということで、総理会見担当の私が呼ばれたのだった。(原発政策を巡る主導権の綱引き、という側面は本稿の趣旨を外れるので触れないが)純粋に広報的な観点からして、これは至極当然の判断だった。

しかし、議論はまだ決着していなかった。《いつ》会見を開くかを巡り、意見は真っ二つに割れていた。

「これだけ重大な決定だから、地元自治体とか色々な所に、先に根回しをしなければ。明日からの土日をその作業に充てて、会見は月曜にしよう」

という“混乱回避重視派”の主張と、

「そんな時間を空けたら、確実に話が漏れ拡がって、運転停止反対の理由をあちこちから山のように並べられ、停止要請自体が潰される。今この部屋にいる人間が、誰も外に出て話をしないうちに、このまま会見場に行こう」

という“サプライズ効果重視派”の主張とが、真っ向から対立していた。

上記の主張からわかるように、ここで言う“サプライズ効果”とは、単に世間をアッと言わせて内閣支持率上昇(会社広報で言えば、企業イメージの向上)に結び付けたい、というような小手先の「効果」を意味するのではない。まさに、反対勢力を《驚かす》=奇襲することで、(浜岡停止という)目的の実現自体を確実にしよう、という本質的な「効果」が、サプライズの真の狙いだった。

執務室の激論を聞きながら、両者の主張には、どちらも一理あると私は思った。もし今日中に会見を決行すれば、たしかにまた「菅は唐突、思いつき」「独断専行で当事者の合意形成も軽視」と批判されることは、覚悟しなければならないだろう。しかし週明けまで延期をすれば、それは延期でなく中止に追い込まれる可能性が十分にある。広報のタイミングとして、極めて高度な決断が迫られる局面だった。

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