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話題をつくる人の考え方

「常に3カ月先の将棋のトレンドを考える」羽生善治さんに学ぶ発信力

羽生善治(将棋棋士)

中学3年生でプロになり、史上初の7冠を達成。43歳になった2013年度も4つのタイトル戦に臨み3冠を守った羽生善治棋士。その実績はもちろん、数々の名言が長くメディアを賑わす稀有な存在である理由を探った。

将棋棋士 羽生善治氏

将棋界の広告塔として

長くメディアに注目され続け、いわば将棋界の"広告塔"の立場であることから、常に意識していることがある。「将棋は野球のように知らない人が見てすぐ理解できるものではありません。ですから、一般の人たちに将棋の世界を伝えていく、その伝え方については模索を続けなければならないと考えています」。

対局に入れば、棋士は1日中ひたすら黙って考える。「世の中にはたくさんの職業がありますが、このような変わったプロセスの仕事はあまりない。そういう意味で、対局中に考えること・感じることを伝えるのは、価値があることと考えています」。一方で、将棋と他の仕事に共通する点もまた、伝えたいことだ。たとえば、棋士は何百局もの対局を頭にインプットして将棋を指しているために、「最後の手までクリアに見えている」と思われがち。でも実際には、悩んだり、葛藤したり、失敗したり、さまざまな感情の起伏があり、五里霧中の状態で指していることも多い、と羽生さん。「意外と知られていませんが、共感してもらえる部分ですし、もっと知ってほしい」。

30代からは本の執筆機会も増えた。「考えは常に変化しますから、何かに残さなければ忘れてしまいます。そういう意味では、インタビューを受け、本を書く機会に恵まれることは、自分の考えが整理されて発見もあり、ありがたいと感じています」。

記事の意図を検証することも

スポーツと同じく、将棋も勝負の世界。負ければ敗戦の弁を求められることも多い。そういった時にも、気負うことなく「等身大以上のことを伝えることはできないのだから、できる限りのことをするしかない」と話す。ただし、書かれた記事を客観的に分析する習慣がある。ある程度、将棋を理解している人がその記事を読んだら、どう感じるか。明らかに書き手の基本的な知識や取材不足による記事なのか。あるいは、編集方針や世の中の論調に合わせるなど記者が何らかの意図を持って書いた記事なのか。「記事の内容について納得できないこともありますが、書き手の意図、その記事が出た理由を理解できれば、それ以上は関わらずに前に進むことにしています」。

記者からの「こういうことを言ってほしい」という趣旨ともとれる質問もある。「全く見当違いでなければ、相手の意図を読み取り、その流れで発言することもあります。どこまでが誤った憶測で、どこからが正しい憶測か。誰しも主観が入る以上、明確な線引きは出来ないものです」。

棋士は将棋連盟に所属しているが、基本的に活動は自由。取材対応も同様で、受けるか否かは個々の棋士が判断する。「私の場合、本業の対局を優先し、その時々で判断していますが、現実的には取材をお受けできないケースがほとんど。心掛けているのは、受けない時には早めに伝えること。依頼者の"不満足度"をいかに下げるか、という考え方です」。取材は、忙しい時に集中するもの。たくさんのメディアに接してきたこれまでの経験から導き出された考えだ。

トレンド予測しミスを恐れず

棋士は次の一手を選ぶ時、時代、流行との「マッチング」も強く意識している、と羽生さんは話す。「ファッションなら『次の冬は黒が流行る』というように、これからの将棋の指し方ってこういう方向にいくのでは?と予測して指した手が、次のトレンドを生み出すことがあります。マッチングがうまくいったからこそ大きな成果が出るというのは、他のいろいろな仕事においても同様ではないでしょうか」。そのために常に意識するのは、3カ月先の将棋のトレンドがどうなっているのか、ということ。当たるか外れるかは別にして、予測し続けることが重要だと考えている。「時に、新しいアイデアの鉱脈が深く、次の1年のトレンドになりそうな戦術を見出せることがあります。それは、誰が見ても、『指されてみたら、その理屈はよく分かる』ものです」。

成功体験にとらわれず、失敗を恐れないためには、「ミスは、ミスをした瞬間から考えることが必要」とも話す。「ミスをする前には、連続性や継続性、一貫性が大事。でもミスをしてしまったら、それまでの流れは関係ない。初めてその場に遭遇したと考え、意図的に目の前の状況に集中しなければならないと思います。その場で反省してしまいがちですが、反省、検証、総括は対処の後です」。

発信する時は「等身大に、難しい言葉を使わないこと」がモットー。その一方で、常に時代にマッチした新しい一手を予測し、ミスは遭遇してから対処する。記事見出しに、「羽生マジック」の文字が躍ることは多いが、その秘訣はここにあるのかもしれない。

11月、都内で行われた王位就位式で挨拶する羽生棋士。

将棋棋士 羽生善治氏(はぶ・よしはる)

1970年生まれ。中学3年生でプロ棋士に。89年、19歳で初タイトルの竜王位を獲得。96年七大タイトルを独占。2013年度は4つのタイトル戦に登場し3冠(棋聖、王座、王位)。スポーツ選手など著名人との対談や著書も多数。

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