人気のスポーツ選手やお笑い芸人は、常にメディアにさらされる存在。彼らは、どのようにして自らのブランドを築き、また守っているのか。元サッカー日本代表の宮本恒靖さんに、その秘訣を聞いた。
宮本恒靖氏(みやもと・つねやす)
1977年生まれ、大阪府富田林市出身。10歳より本格的にサッカーを始め、高校卒業後、ガンバ大阪入団と同時に同志社大学に入学。1995年よりガンバ大阪で活躍。07年オーストリア1部リーグ・レッドブルザルツブルク、09年ヴィッセル神戸へ。02年ワールドカップ日韓大会、06年ドイツ大会では日本代表チームの主将を務めた。11年12月に現役引退。
メディアは自分の鏡
ガンバ大阪、オーストリア1部レッドブル・ザルツブルク、ヴィッセル神戸で活躍した元プロサッカー選手の宮本恒靖さん。ワールドカップの日本代表チームでは、トルシエ監督やジーコ監督のもとチームをまとめ、主将としてメディア対応も担った彼は、「自分自身やチーム、日本代表がどのように報道されるべきか。もしくは報道されたいのか。メディアというフィルターは、そういうことを考えるきっかけになるもの」と話す。
宮本さんが「伝え方」「伝わり方」を考えるきっかけとなったのは、自身のブログでのある出来事だった。ガンバに所属していた1999年、オリンピック予選の試合についてブログに投稿した。「毎回、愛着を持って臨んでいるクラブの試合と、選抜され日の丸を背負って戦う試合との気持ちの違いについて書いたのですが、結果的に自分の考えがうまく伝わらず、『クラブの試合を軽視して残念』とファンから予想しなかった反応が返ってきました。伝え方の難しさを実感した経験です」。
以降、ブログやメディアなどで自身が発する言葉に責任を持てるよう、感情のままに書いたり話したりしないこと、文章は書いてから少し時間をおいて投稿することなど、一層気を配るようになった。
現役時代は、どのようなメディアに対しても聞かれたことに答える姿勢で臨んできた。試合後、選手は「ミックスゾーン」と呼ばれる報道陣が待ち構えるゾーンを通る。選ぼうと思えば、親しいメディアだけに声をかけることもできた。しかし、「互いにプロとして、メディアと選手はリスペクトし合うべき」と考え、できる限りたくさんのメディアに答えた。「記者会見なら一斉に、公平に情報を伝えられます。ミックスゾーンでも、当然そうあるべきだと考えていました」。「今日はごめんなさい」。そう言って取材を断ったのは、自身のプレーのあまりの不甲斐なさに答える言葉が思い浮かばなかった一試合だけだ。
試合結果によっては、ネガティブな発言を引きだそうとするメディアもある。そうした時には、決して選手やチームの批判はせず、次の試合に気持ちが向かうようなポジティブな発言を心がけた。「たとえ試合の結果が出ていなくても、メディアに対しては、自分たちが目指すサッカーの方向性は間違っていないし、チームの結束は揺らいでいないと言ってきました。選手を束ねる主将の立場を考えれば、そう言い続けることに意味があると考えていました」。メディアが伝えたネガティブな報道を取り上げ、「メディアはこう伝えているが、自分たちの目指すサッカーは間違ってない」とチームを鼓舞することも度々だった。
写真/J.LEAGUE PHOTOS
試合後、選手たちが報道陣の取材を受けるミックスゾーン。バックパネルを背にテレビなどカメラ取材を受けた後、ジグザグのコースに沿って、ペン記者の取材を受ける。宮本さんはいつも「できる限り」たくさんの記者の前に立ち止まって答えていたという。
セルフマネジメントの重要性
海外クラブで学んだことも多い。「試合に集中するため、記者会見は試合の2日前まで。チームが前面に売り出したい選手を戦略的に出す。クラブとしてのコントロールが効いていました」。スポンサーへの対応もしかり。オフで一時帰国した際に受けた取材のことで、後日クラブのマーケティング担当者から注意を受けたことがあった。クラブのスポンサー企業のロゴが入ったシャツを着ないで対応したためだ。「海外クラブは『やり過ぎでは?』と思うほどスポンサーへの対応を気にかけます。しかし、その徹底ぶりは、経営視点で考えれば、日本のサッカー界も見習うべきところがあると思います」。
こうした経験を通して、海外と日本のメディアやスポーツマーケティングに対する考え方の違いを感じてきた宮本さんは、日本でも「選手自らが自分をマネジメントしていく意識をさらに高める必要がある」と話す。「カズ(三浦和良)さんは、常に自分が見られていることを意識して行動していました。いまや、SNSで簡単につぶやかれる時代。そういう一つひとつの意識や行動が、選手やチームのステイタスを高めてくれるはず」。
宮本さんの夢は、サッカーという感動、ファッション、エンターテインメント、非日常性、一体感など多くの魅力が詰まったコンテンツが、日本でも日常に不可欠なものとなることだ。「例えば、キリスト教徒が毎週末、教会に行くように、サッカーの試合に行くのが当たり前という日本になってほしい。期間中いつでも観戦できるシーズンチケットの購入者をもっと増やすことなど、そのためにできることは、たくさんあるはずです」。
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キャプテンマークをつけて臨んだ日本代表戦では、試合の結果に関わらず常にポジティブな発言を心掛けた。写真は2006年サッカーW杯ドイツ大会日本代表に選ばれ、ガンバ大阪のクラブハウスで会見する宮本さん(中央)。
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もっとサッカー文化を身近に
7月、日本人元プロ選手としては初めてFIFA マスター(FIFAが運営するスポーツ学の大学院)を卒業、現在はコーチングの資格を取るべく月1回ロンドンに通う。8月には、スペインのリーガ・エスパニョーラを中継するWOWOWの新解説者に就任した。
昨年発行した著書「宮本式・ワンランク上のサッカー観戦術」は、ある一般の人からの「あまりサッカーを知らないんですが、もっとサッカーを見たいんです」というひと言からスタートした。「年間のJリーグ観客数は約800万人。1人が平均8試合観るとして、100万人。そのパイはあまり広がっていません。海外リーグのファン、潜在的にもっとサッカーを知りたいと思っている一般の人たちを巻き込む仕組みを考えなければ」。これからは、FIFAマスターや欧州のクラブで経験したことを実践に移す段階。いろいろなことにチャレンジしていきたいと意気込む。
写真/Atheteplus
2013年7月、FIFAが運営するスポーツ学の大学院「FIFAマスター」を卒業。今後は、サッカ ー文化発展のため、学んだことを実践する段階だ。
宮本流・自身のステータスをあげる ポイント
1.発言は慎重に、かつポジティブに。
自分の発言に責任を持てるよう、常に「伝え方」「伝わり方」に注意。ブログは書いてすぐ投稿せず、時間をおいてから投稿する。ネガティブな発言を引き出そうとするメディアにもポジティブな言葉で対応。
2.どのようなメディアにも公平に。
親しい記者だけでなく、全ての記者に公平に情報を伝えることを意識。報道陣が待ち構えるミックスゾーンでは、なるべくたくさんのメディアと話し、記者会見と同様に、メディア間で情報の格差がないよう心掛けた。
3.常に見られている意識で行動する。
チーム全体のことを考える監督や主将だけでなく、一人ひとりの選手が自分自身のイメージをマネジメントする意識も重要。メディアへの対応はもちろん、普段の立ち居振る舞いにおいても、常に見られている意識で行動する。