企業・ブランドへの愛着があり、かつ利益も与えてくれるロイヤル顧客。その育成には、1度の接点で良いケースと継続的に期待に応え続けるケースがある。カスタマーエンゲージメントに詳しいReproの中澤氏が、それぞれの手法を解説する。
皆さんはロイヤル顧客と聞くとどのような顧客をイメージされますか。利用頻度の高い人、たくさん商品やサービスを購入してくれる人、また自社サービスの良さを多くの人に広めてくれる人、企業によってその定義は様々かもしれません。
もしかするとロイヤル顧客の定義として一番ピンとくるのは「LTV(ライフタイムバリュー)の高い顧客」という定義かもしれません。しかし、ビービットの代表取締役の遠藤直紀氏は、ご自身のコラムの中で次のような事例を挙げています。
“ある日本の金融機関では、売上の90%は上位8%の顧客から得られているものだった。しかしこの売上上位8%の顧客を対象に調査を行ったところ、約半数は「他社への乗り換えが面倒なので使い続けているだけ」というロイヤルティの低い顧客であった”
この事例はロイヤル顧客の定義を考える際に「LTV」などの経済的指標だけを捉えることの危うさを示唆しています。このようなことを踏まえると、ロイヤル顧客というのは「企業の商品やサービスに高い愛着を持ってくれており、かつ、実質的な利益も与えてくれる顧客」と捉えるのが正しいと考えられます。では、このような「ロイヤル顧客」はどのようにして生まれてくるのでしょうか。
ロイヤル顧客育成には2つのルートがある
皆さんはディズニーランドには行かれたことがありますか(多くの方がありますよね)。初めてディズニーランドに行った時に、今まで得たことのないような圧倒的な感動体験により、行ったその日に「ファンになってしまった」という人も多いのではないでしょうか。ロイヤル顧客というと、ステレオタイプ的にはどうしてもリピートを積み重ねていった結果ロイヤル化していくという印象が強いかもしれませんが、実際には期待を大きく上回る体験により「たった1回の体験でロイヤル顧客化してしまう」というパターンもあると考えています(図1)。
よってロイヤル顧客の育成を考える際には、リピートを積み重ね長期的な関係性を築いていくという戦略以外にも、このたった1回の期待を上回る体験をつくれないか、という視点も重要だと思います。
1回の体験でロイヤル顧客化させるには
では、たった1回の体験で顧客をロイヤル化させるために企業はどのような方法を取れば良いのでしょうか。そのヒントとなるキーワードが「真実の瞬間(Moment of Truth)」です。これは、赤字体質に陥っていたスカンジナビア航空をわずか1年で再建に導いたヤン・カールソンが提唱した考え方で、顧客が企業の価値判断をする瞬間・状況・場面を指す言葉です。
実際、お客さまは、その企業に接するほんの短い時間で、サービス全体に対する良しあしを評価してしまうものです。料理の味に満足していたとしても、帰り際にレジで会計係がガッカリするような対応を取れば、美味しかった料理の味は色あせ、残念だった体験だけが余韻として残り、そのレストランへの評価が下がるかもしれません。
つまり「真実の瞬間」とは、サービスと顧客が触れ合う「顧客接点」のことなのです。この顧客接点において顧客の期待を大きく上回ることができれば、たった1回の体験でのロイヤル化の可能性が高まります。この時に意識したいことが「顧客が最も困る状況は何か」という視点と、「顧客が常識的に考えている体験は何か」という視点です。
常識を上回る体験をするとファンになる
皆さんクレジットカードをお持ちかと思います。では、クレジットカードの発行・利用・退会というカスタマージャーニー全体を考えた際に、顧客が最も困る場面とはどういう場面でしょうか。それは間違いなくカードを紛失した場面だと思います。紛失したり盗難したりした場合、顧客はものすごく焦ります。「いったいいつ紛失したのか」「もう誰かに使われてしまったのではないか」「早く電話がつながってほしい」など、様々な不安が襲いかかります。
このような、顧客がものすごく困る場面で期待を大きく上回るような対応ができれば、顧客はどう感じるでしょうか。また、その対応が顧客の考えている常識(期待)を上回った場合に何が起きるでしょう。おそらく高い確率で、その顧客はその1回の体験を通じてカード会社のファンになってしまうことでしょう。
では現実的にそのような顧客体験の提供は可能なのでしょうか。事例として、三井住友カードが提供している「Vpass」というアプリサービスが挙げられます。このアプリには、クレジットカードの利用可否をボタンひとつで切り替える機能があります。あらかじめ利用をOFFに設定しておくことで、例えカードを紛失しても第三者が利用できないようになります。そして、自分が利用する時にだけアプリ上で利用をONにできるのです。
この機能を利用している顧客がクレジットカードを紛失した場合...