コロナ禍により、小売業のオムニチャネル化にまつわる課題が噴出している。4月に新たに設立された、日本オムニチャネル協会会長も務める筆者が小売業のKPIの変化や米国小売業の動向などを解説する。
新型コロナウイルスが全世界で猛威をふるい、私たちの生活を大きく変えようとしています。日本においても、緊急事態宣言により外出制限、営業自粛などの行動変容を求められ、緊急事態宣言解除後も「新しい生活様式(ニューノーマル)」を模索し始めています。
個人差はあるかと思いますが、この環境にやがては慣れ、私たちの価値観は変わってくるでしょう。そして、混乱が収まったときには、以前とはまったく違う価値観のもと生活を営み、ビジネスも大きく変化し、小売業においても、顧客と店の関係性も大きく変わっていくことでしょう。
ここで少し自己紹介をしておきましょう。私は、大学卒業後、富士通に入社。SEとして働いた後、ソフトバンクに転職し、営業・新規事業企画、そしてネット書店「イー・ショッピング・ブックス」(現・セブンネットショッピング)を立ち上げました。「リアルとネットの融合」を目指しイー・ショッピング・ブックスをそのまま資本移動するかたちでセブン&アイ・ホールディングスに移籍。同グループのネット事業を推進し、その後、取締役CIO(最高情報責任者)としてオムニチャネル戦略を推進しました。
そして2017年にデジタルシフトウェーブを起業し、広く企業のデジタルシフトを支援しています。最近では、「日本オムニチャネル協会」を立ち上げ、会長に就任。参加企業とともに、小売業のデジタルシフトの実践を目指し活動しています。
新型コロナで小売業の課題が表面化した
「新型コロナにより、小売業は変革の岐路に立たされている」。その認識は間違ってはいませんが、小売業の変化・淘汰の予兆はすでにコロナ前から起こっていました。例えば、人手不足や人件費高騰の中で小売業は手を打てずにいました。生産性向上が必要なことも理解していたものの、従来の業務を変えられずにいました。そしてデジタルシフトもECを実施する程度で止まっていました。そこにコロナが発生し、これらの課題が一気に噴出したのです。
コロナ禍の4~5月の業態別のコロナの影響を見てみると、食品スーパーやドラッグストア、ホームセンターなどは、外出自粛のなか大きく売上を伸ばしました(図1)。休業を余儀なくされたショッピングセンター、百貨店は売上を大きく落とし、意外に振るわなかったのがコンビニです。そんななか、ECが大きく数字を伸ばしました。ここで重要なファクターとなったのは消費者心理の変化でした。お客さまが求めたのは(1)生活必需品が豊富にあるか (2)お財布に優しいか (3)家まで届けてくれるかだったのです。
一方で、ECも課題が山積みです。コロナの影響で売上は急激に伸びてはいますが、コールセンターや物流センターなどは、デジタル化がまだ進んでいません。コールセンターは急増する受注のサポートに対応する必要がありますが、デジタル化が進んでいないコールセンターはいわゆる“3密”の職場でもあります。それでも対応しないわけにはいきません。物流センターも同様に、急増する出荷に対応しようと現場にしわ寄せがきています。コールセンター、物流センターともに現在は現場の努力で対応できていますが、今後は、大きな課題となってくるでしょう。
これから小売業はどう変わるべきか
新しい生活様式による外出自粛、リモートワークの広がりで消費者のライフスタイルが変わっていくと予想されます。コロナにより人々の価値観も変化し、ソーシャルディスタンスを前提とした新しい生活習慣へと変わっていきます。こうした現状から、いよいよ小売業において本格的なリアルとネットの融合が始まっていくでしょう。
これまでのネットはせいぜいリアルの補完、あるいはプラスアルファの機能という位置づけでしたが、今後はこうした「足し算発想(リアル+ネット)」から、より互いが密接に関係しあう「掛け算発想(リアル×ネット)」へと転換していくことが求められてくると思います。
今までの「足し算発想(リアル+ネット)」の時代には、すべてが従来のリアルビジネスの延長線上で考えられてきました。いかに顧客に店舗へ来ていただき(客数増)、多くを買っていただくか(客単価増)という店舗中心のビジネスモデルでした。
ですから、現在でも多くの小売業の最も大切なKPIは「売上=来店客数×客単価」です。昨今、各社が力を入れ始めたデジタルマーケティングについても、ネット販促を強化したといっても結局は店舗への集客を目的としたものが多く、「足し算発想」からは抜け出ることはできていませんでした。
今後「掛け算発想(リアル×ネット)」時代へ転換していくと...