新型コロナの影響で、あらゆる業種で売り方の転換が求められている今。マーケティングの4Pのなかで「チャネル戦略」も大きく変化している。危機下で新たな需要を捉えている事例とともに、今後の戦略を考える。
世界の全人類が同時に同じ敵と戦っているという点で、新型コロナはかつてない大災害だ。歴史を振り返えると1945年の第二次世界大戦終了後、経済は右肩上がりで成長してきた。この75年間の経済成長に急ブレーキをかけたのが新型コロナである。ビジネスの最前線にいる私たちは、歴史的な大きな転換点を間近で見ている。では私たちの足下では、今何が起きているのだろうか。
日本経済は未曾有の落ち込み
まず4月末時点の日本経済の景況感は、リーマン・ショックや東日本大震災後よりも悪い。本稿執筆時点で入手できる景況感の最新データは、日本経済新聞社がまとめる景気指標「日経消費DI」(4月)だ。業況判断指数は1995年の調査開始以来最大の落ち込み。政府からの自粛要請で多くの店は休業し経済は停止している。先が見えない消費者の節約志向も高まっている。
細かく見ていこう。業種別の日本国内の消費活動を見える化する「JCB消費NOW」(図1)の4月前半速報データによると、百貨店・カフェ・居酒屋・ファミレス・航空旅客・鉄道旅客・映画館・遊園地・ホテルといった業種はまさに厳しい状態にある。一方でスーパー・酒屋・EC・コンテンツ配信は成長し、家電や電気・ガス・熱供給・水道業・医薬品といった生活必需品系のビジネスは堅調だ。需要の大変動が起こっている。
今回の危機最大の問題は、将来の展望が見えないことだ。数カ月続くのか、1年なのか、数年なのか。消費者の財布の紐は固くならざるを得ない。経済縮小に伴い可処分所得が減り、商品やサービスの見極めが厳しくなって本当に必要なものしか買わなくなるだろう。一方で自分の身を守る商品やサービスに対しては、少々の出費をいとわなくなる。では私たちはどのように考えればよいのだろうか。
今こそ課題解決型マーケターへ
まず経営の視点では生き残る上で絶対必要な救命措置として、あらゆる手段で当面のキャッシュを確保することだ。しかしそれだけでは不十分だ。企業は今後も存続し続ける必要がある。そのためにはこの大きな転換点への対応が必要だ。その出発点は、「かつての市場に戻ることはない」ということを、まず認識することだ。
世の中を見ると課題だらけで、ともすると憂鬱になる。しかし目の前のレンズを切り替えると、まったく異なる世界が現れる。「企業の目的は顧客の創造である」と言ったのは、かのドラッカーだ。企業の目的は生き残ることではなく、顧客の課題を見つけて解決策を提供することだ。
社会は今、「巨大な課題」と向き合っている。顧客が心底悩む課題を解決すれば、それはビジネスになる。そして課題が大きいほど、大きなビジネスチャンスになる。
今こそ私たちは「課題解決型マーケター」になるべきなのだ。周囲から「節操がない」と言われても気にせずに、コロナショックで悩む顧客の課題を聞き届け、自分たちの力を活かしていかに解決できるかを考え抜き、実行すべきなのである。
とはいえ冒頭で紹介したように、小売流通への新型コロナの影響は甚大だ。不況が長く続く怖れもある。今後のマーケティング戦略はどのように考えるべきなのだろうか。そこでまず、チャネル戦略から考えてみよう。
新型コロナで進むチャネル変革
マーケティングミックス(4P)と呼ばれる製品戦略・価格戦略・プロモーション戦略・チャネル戦略のうち、一番後回しになりがちなのがチャネル戦略だ。メーカー・卸売・小売といった関係者の利害相反やしがらみが複雑に絡み合い、仕組みを変えると文句を言う人が次々と出てくる。だからチャネル戦略はなかなか手をつけられなかった。顧客志向の考え方が最も実践されていないのが、チャネル戦略なのだ。
今、新型コロナで市場の大幅縮小は避けられない。売上崩壊に直面する業種や業態も多い。否が応でも流通チャネルの効率化を徹底的に進め、顧客に対して最適化せざるを得ない。この結果、日本の非効率な流通形態は再構築されていくはずだ。さもないと流通チャネルごとに淘汰が始まる。変われない者にとっては悪夢だが、変われる者にとっては大きなチャンスだ。では、どのようにチャネルは変わっていくのだろうか。
供給業者から顧客までの商品の流れをチャネル・バリュー・チェーンと呼ぶ。チャネル・バリュー・チェーンでは図2のように様々な関係者がつながり、顧客にたすきリレーで商品を届ける。日本ではこのチャネル・バリュー・チェーンが非効率だった。
ハーバード・ビジネス・スクールのV・カストゥーリ・ランガン教授は「チャネル・スチュワードシップ」という考え方を提唱している(図3)。チャネル・スチュワードシップでは、チャネル・スチュワード(チャネルの調整役となる会社)がチャネル・メンバーに「何がお客さまにベストか一緒に考えよう」と呼びかけ、チャネル・バリュー・チェーン全体を調整する。
チャネル・スチュワードシップの例を考えてみよう。米国ウォルマートは、店舗からメーカー工場までのチャネル・バリュー・チェーンをつなげて自動化している。ウォルマート店舗の在庫が減ると、メーカーは工場から直接店舗に商品を補充する。そのためにウォルマートは販売情報を無料でメーカーに提供している。ウォルマートはチャネル・スチュワードシップを発揮してメーカーとともに、顧客に低価格と豊富な品揃えという価値を提供している。日本の非効率なチャネル・バリュー・チェーンも、形は異なるが今後は変革が迫られていくだろう。
さらにチャネルをシンプルにして顧客と直でつながる必要があるため、EC、D2C、さらにはライブコマースなどを活用した直販化も進んでいくはずだ。
新たに生まれた需要を捉える
さらに小さいながらも、新たな需要が次々と生まれている。企業は急速に縮小する既存事業のダメージを最小限にしつつ、新たな需要開拓を図っていくべきだ。これら小さい需要のいくつかは、時間をかけて将来の大きなビジネスに育っていくはずだ。
各社の報道をもとに、企業などによる新型コロナで生まれた新需要を取り込もうとする動きを大きく分けると次の4つのカテゴリーに分類できる。
(1)新需要をつかむ
新型コロナで新たな需要が次々と生まれている。例えば、消費者が外出を自粛するようになった。巣ごもり消費で食料品や日用品を自宅で買う人も多い。そこで、イトーヨーカドーは商品を宅配するために、徳島県の買い物難民のために生まれた「とくし丸」のスーパー商品移動販売モデルを都内で試行している。
さらに規制緩和の追い風を受けて...