実店舗の価値が大きく変化する中、接客を担う店頭従業員にはどのような知識やスキルが求められていくのか。二極化する店舗の役割から、法政大学経営学部 経営学研究科 横山斉理教授が解説する。
デジタル社会の小売業 接客も多様化
店頭に立つ従業員に求められる接客は多様化している。理由は、デジタル社会となりネットショッピングが普及したことで、店頭の役割が「商品の受け渡しの場」と「ショールーム」に二極化する傾向が生じ始めたからである。
商品の受け渡しの場としての店舗における店頭従業員の接客においては、これまで通り、スピードと正確性が求められる。その一方で、ショールームとしての店舗における接客に求められることは少し複雑だ。
具体的には、顧客とコミュニケーションをとることによって、買い手に情報提供を行い、同時に売り手の製品開発や業務改善に役立つ情報を(潜在)顧客から入手する、という2つの役割を担うことになる。すなわち、ショールームとしての店舗の店頭従業員は、接客において、最前線のプロモーションの担い手であると同時に、企業に資する情報を収集するマーケティング・リサーチャーでなければならない、ということだ。
こうした二極化の背景には、デジタル社会における消費者行動の変化がある。本稿ではこの二極化を踏まえた上で、日本の伝統的な小売業態(百貨店やスーパー、専門店チェーンなど)の店頭従業員の役割にもスポットを当てることにしたい。
結論を先に述べてしまうと、店頭従業員の接客においては、マニュアルに縛られすぎずに柔軟に対応すること(臨機応変)、相手の気持ちに寄り添うこと(共感)、本質を見通すこと(本質直観)、自らの行動を省みてそこから知見を得ること(内省)、そして、自ら進んで行動すること(進取的行動)が、これまでよりも強く求められるようになる。順を追って議論していくことにしよう。
変化する消費者行動と実店舗の価値
人がモノを買う流れは、おおざっぱに分けると、見て知るフェーズ(認知)、買うかどうか決めるフェーズ(検討)、決済して実際に商品を手に入れるフェーズ(行動)がある。入手後は、使用体験を評価し、世間にシェアするフェーズ(推奨)がある。消費者の行動をこうした一連の流れで理解しようとするのが「カスタマー・ジャーニー」という考え方だ。フェーズの分け方については、ここでは西川英彦・澁谷覚編著『1からのデジタル・マーケティング』、碩学舎、2019年に依拠しておくことにしよう。
インターネットショッピングが普及する前の買い物においては、認知の部分は広告やクチコミで行われる場合もあるが、検討・行動(具体的には、決済と入手)は基本的にセットで行われてきた。つまり店舗は、カスタマー・ジャーニーにおける認知・検討・行動を行う場として機能してきたということだ。
しかし、デジタル化社会では、モノと情報が切り離されて流通するため、このセットがバラバラになる。SNSで見知った商品を、店舗で手に取って検討し、店を辞してからスマホを用いてEコマース(電子商取引)サイトで購入し、後日、自宅に届けてもらう、といった行動が可能になった。そのため、企業はさまざまなタッチポイントでターゲット顧客とコミュニケーションをとる必要が出てきた。
カスタマー・ジャーニーにおける認知・検討・行動がネットとリアルをシームレスに行き来しながら行えるようになるこの現象は「オムニチャネル化」と呼ばれる。
かつては、認知はともかく、検討・行動は店舗の「専売特許」であった。しかし、オムニチャネル化が進行すると、店舗でしか提供できない顧客価値は、実際に商品を手に取ってみてもらうこと(検討)と、即座に商品を受け渡せること(行動の中の入手)のみとなってしまった。
もちろん、店頭は、依然として認知や行動(決済と入手)の場として重要な存在ではある。しかし、認知や検討については、他の媒体のほうがより効率的に利用できるようになったため、これからは順次、別の媒体にとって代わられていくだろう。たとえば、商品をはじめて知るきっかけはSNSだという人も多いだろうし、かさばるものや重いものはネットで購入して自宅に配送してもらう人は多いだろう。
それに加えて、認知・検討・行動が別々になることで、実店舗での販売を主な収益源とする小売業者を苦境に立たせるショールーミングという消費者行動も増えてきている。ショールーミングとは、実店舗で実際に商品を見ながら説明を受けるが、その場では購入せず別のネット事業者からより安く商品を購入する、といった消費者行動を指す。
この場合の問題点は、商品を手に取ってみたり試用してみたり、といった検討にかかるコストのすべてを、実店舗を展開する小売業者だけが負担し、投資を回収するフェーズである販売はネット専業の小売業者が担当する、といったフリーライドが生じることである …