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プロモーションに携わる人のための教養講座

消費者との「共有基盤」に目を向ける 言語学と言語哲学の観点から

和泉 悠氏(南山大学)

Webからの情報摂取が日常のものとなり、広告のターゲットを絞っていても、より多くの人の目に触れることが珍しくなくなった。消費者と共有できる"常識"のつもりだったとしても、実際はそうでなく、結果として、いわゆる"炎上"を招くことがある。その常識観に問題があるのと同時に、その語られ方にも大きな落とし穴がある。「共有基盤」という概念をベースに、消費者が「押し付け」と感じる語り方について解説する。

実際に表現された内容でなくどう表現されているか

「お誕生日、おめでと~!!」──友人同士らしい三人の人物がバースデーケーキを前に乾杯しようとしている。祝われている一人はしかし「めでたくない」とふさぎ込む。あきれたような顔をした友人が「めでたくない?カホ、いっちゃって」と促し、もう一人の友人(女優の夏帆)が「今日からあんたは、女の子じゃない!」と突き放したように言うと、場面が一気に動き出す。くるくると視点が回りながら、揺れ浮かぶ文字と一緒に友人二人がたたみかける。

「25歳、なめんなよー」「世の中一気にリアルワールド」「もうチヤホヤされないし、褒めてもくれない」「下にはキラッキラ後輩」「週末ごとにアップされる結婚式の写真」「はっ」「白いタキシード、ウケる。←元カレ!」「このままじゃわたしやばい!なんで?いつからこうなった?カワイイという武器はもはやこの手には」「ないっ!!!!」

そんなやりとりを続け、最後は「カワイイをアップデートできる女になるか、このままステイか。ってこと?」「かも」「あたしこっち!」「あたしも!!」「なんか…燃えてきた」となんだか前向きになり、楽しそうな様子を見せて終わっていく(三人が夜の街を走る)。「生き方が、これからの顔になる」「#いい女なろう♡」「ラブリーに生きろ♡」と複数のコピーも忙しく登場しつつ。

2016年秋に"炎上"し、広告の取り下げにつながった資生堂「インテグレート」のコマーシャルの一編です。今更何年も前の炎上事例をとりあげる理由を説明しておかないといけません。

それは独白を含むセリフの字面そのものよりも、その語られ方に着目する上で、このCMはちょうどよい事例だからです。つまり、「なに」が表現されているかではなく、「どう」表現されているかに注目します。本稿では、形式的な特徴について、言語哲学と言語学の観点からお話ししたいと思います。

内容そのもので言えば、2019年はパイを投げつけられる女性を主人公とした、正月のそごう・西武の広告や、裏でいがみ合う女性を描いたロフトのバレンタイン向け広告が表現したジェンダー観には、さまざまなメディアで批判がなされました。

一方、資生堂「インテグレート」の「#いい女なろう♡」編では、たとえば「25歳以下の若い女性はちやほやされる」といったことが、セリフでも字幕でも、そのまま発話/表示されたわけではありません。だからこそ、「過敏に反応しすぎ」といった声も挙がったのではないかと思われます。

しかし、最近の言語哲学や言語学の知見を踏まえると、この広告に反発するのは、過敏ではないことがよく分かります。不適切な内容/メッセージがしっかりとフィクションを通じて表現され、視聴者に「押し付けられて」いるからです。では「どう」そのような内容が表現されているのでしょうか。言語的メカニズムを考えていきます。

ことばでメッセージを伝えるとは?

そもそも人間がことばで内容/メッセージを伝えるとはどういう活動なのでしょうか。ひょっとしたら「ことばは心を映す鏡」「思いをことばに乗せて伝える」「メッセージをことばというパッケージに詰めて送る」といったメタファーを思いつくかもしれません。

あるいは「話し手は、まず脳内の思考や感情を、日本語や英語といった自然言語の規則に従って記号に変換する。次に、その記号は音声や視覚的文字列として聞き手に届けられる(ここにはノイズが入り込む可能性がある)。聞き手は、同じ自然言語の規則を用いて、届いた記号列を解読し、思考や感情に変換することによってメッセージを受け取るのだ」のようにも言えるかもしれません。しかし、これらはすべて前世紀に否定された不正確な言語観です(4)

4 Sperber,D. and Wilson,D.(1995). Relevance:Communication and Cognition. Blackwell, Oxford, 2nd edition.

もちろん、自然言語の規則や記号がコミュニケーションにおいて重要な役割を占める、というのは間違っていないのですが、言語使用というものを、メッセージの記号化と記号の読解という静的な過程と勘違いしてはいけないのです。少なくともここ数十年の言語哲学そして意味論と語用論(これらはそれぞれ言語の意味と使用を研究する言語学の分野です)における研究は、人間の言語活動がもっと動的/ダイナミックなものだということを明らかにしてきました。

たとえば...

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