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令和元年 新しい日本のプロモーション

平成のテレビ30年がお茶の間にもたらしたもの

草場 滋氏(エンタテインメント企画集団「指南役」代表)

テレビは、平成の王者だった。広告費ではインターネットに肉迫されているが、メディアとしての力が弱まったと結論を急ぐのは危うい。もしそうなのだとしても、どこに転機があったのか、どうすればトレンド源であれたのかを考えることが、「令和」で覆轍を踏まずに済む一番の方法だ。

    1989~
    平成は長寿番組が多い

    実は平成は「ガキの使い」をはじめ長寿番組が多い。昭和のほうがむしろ少ないくらいだった。

電通が発表した「日本の広告費」によると、2018年の媒体別広告費では「インターネット広告費」が前年比2ケタ増の1兆7589億円となり、「地上波テレビ広告費」の1兆7848億円にあと一歩まで迫った。

恐らく──2019年、即ち令和元年は、インターネット広告費が地上波テレビ広告費を追い抜く歴史的な年になる。その意味で、平成の30年間は、テレビがネットやスマホの猛追を受けながらも、なんとかメディアの王者としての体面を保った、最後の時代と言える。

さて、本稿では、そんな平成時代のテレビがお茶の間にどんな影響を及ぼしてきたか、流行や消費の観点から振り返ってみたい。

1989→2018
テレビ発のブーム──みんな「へぇ」ボタンを連打した

思えば、平成30年間のテレビは、その前の「昭和の時代」に負けず劣らず、さまざまな流行をお茶の間にもたらした。

まずは平成元年(1989年)──民営化間もないJR東海のテレビCM「クリスマス・エクスプレス」が大ヒットした。BGMに使用された山下達郎の「クリスマス・イブ」が脚光を浴び、なんと1983年のリリースから6年6カ月もかかってオリコン1位を獲得するという、当時の最長記録を更新する。バブル期の「恋人と過ごすクリスマス」の風潮を煽ったのも、このCMだった。

平成3年(1991年)には、大相撲の「若貴ブーム」が。同年夏場所に大横綱・千代の富士が引退すると、入れ替わるように貴花田(後の貴乃花)と若花田(後の若乃花)が頭角を現し、番付を駆け上がる。

平成5年(1993年)には二人して大関に昇進。この年の名古屋場所千秋楽は、横綱・曙を加えた優勝決定巴(ともえ)戦で、大相撲中継は瞬間最高視聴率66.7%を記録する。

バラエティ番組からも数々の流行語が生まれた。平成10年(1998年)には『ボキャブラ天国』からパイレーツの持ちネタ「だっちゅーの」が新語・流行語大賞を受賞する。平成12年(2000年)には、『クイズ$ミリオネア』でみのもんたが発する「ファイナルアンサー?」が社会現象に。平成15年(2003年)には『トリビアの泉 ~素晴らしきムダ知識~』からパネラーが連打するボタンの効果音「へぇ」がブレイクする。

当時は、日常会話でも「へぇ」を連呼しながら右手で叩くフリをする人が続出し、バンダイが、番組のボタンを再現した「1/1へぇボタン」を商品化して、大ヒットさせる──。

イラスト:高田真弓

1989→2018
ドラマ発の名ゼリフ──赤名リカと半沢直樹の違い

流行語と言えば、ドラマからも数々の名ゼリフが生まれた。ご記憶の方も少なくないだろう。

最初にブレイクしたのは、平成3年(1991年)の『東京ラブストーリー』だ。ご存知、柴門ふみの原作で、赤名リカ役の鈴木保奈美と、永尾"カンチ"役の織田裕二を一躍スターダムに押し上げた大ヒットドラマ。

最終回の視聴率は驚異の32.3%。同作で印象に残る台詞と言えば、やはり第3話のラストで赤名リカがカンチに発した、「ねぇ、セックスしよ!」に尽きるだろう。かけらも悪びれない大胆なセリフに、お茶の間は度肝を抜かれたものである …

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