「接客」と「マーケティング」は、実は関わりが深い。顧客が抱える「意図」へのフォーカスという共通点があるほか、マーケティングがつちかってきた理論が生かせる点も多い。目的や方法論、背景となる考え方を整理しながら、イトーヨーカ堂の営業本部で本部長補佐を務める富永朋信氏に解説してもらった。
《意図》にアプローチすべき理由 買い物プロセスとの関係
「接客」は、顧客と直にコミュニケーションを図る手法のひとつです。もし、マンガのように人のアタマの上に吹き出しが浮かんでおり、そこに「こんなことをしたい、してほしい」と、顧客の《意図》が書かれていたら、それをそのまま叶えることが最も手っ取り早いですし、顧客にとってもストレスなく、うれしいはずです。
荒唐無稽なたとえですが、人は自分の期待に叶うように買い物ができると、居心地の良さを感じるものです。顧客の《意図》に直接働きかけることが「接客」の理想像です。
それがいつしか、本来あるべき《意図》にアプローチするという目的を離れ、女性、若年層など人にフォーカスする手段が主役となり、形骸化が進んでしまったのではないかと考えます。
実際、スーパーマーケットを訪れる方を目の当たりにしていると、とても多様な顧客が集まる場だと強く実感します。取り扱う商品もさまざまです。いろいろな方が来店されるのに特定の人々に顧客を絞るわけにはいきません。「統合的な来店者の人物像」を考えようとしても、顧客の多様性ゆえ平均的なものになる。ターゲットになる《人》から考えようとすると、お店ごと、企業ごとの差が付きづらいのです。
さて、スーパーを訪れる人は、どんな《意図》を持っているのでしょうか。たとえば「夕食を準備するために」という《意図》。「プレジャーハンティング」と呼ばれる「なにか目新しいものはないか探したい」という《意図》もあります。
冒頭で少し触れたように、それぞれの《意図》によって、理想的な買い物のありよう、購入プロセスは異なります。なぜなら「夕食準備」で来店している人は、なるべく時間をかけず、必要なもののみを手に入れられるほうがよい。「プレジャーハンティング」であれば反対に、いますぐに何かを買うというより、情報提供を望む可能性が高くなります。
購入プロセスが《意図》に即していると買い物の体験はよりよいものになるのは、スーパーに限ったことではありません。[図1]は、商品やサービスの効用が、購入者をネガティブな状態からニュートラルにするもの/ニュートラルからポジティブという軸と、商品やサービスに対する購入者の関与度の高低という軸で分類したマトリックスです。
第3象限(たとえばOTC医薬品など)から第1象限(クルマなど)に向けて「接客」が重要となります。他方、第4象限(缶ビール、缶チューハイといった酒類)はふつう、接客を必要とすることはないと思います。同じお酒でも、第1象限にプロットされる高価格帯のワインや日本酒、ウイスキーなどでは、接客により検討・葛藤のプロセスがスムーズになり購買確率が上がります。
これは上下象限の関与度差により、認知的不協和の大きさが増減するためと考えられます。第2象限の保険では、通販型にしろ、対面型にしろ、検討プロセスにおけるコミュニケーション要素が販売の成否を分け、その多くの要素は上記同様の認知的不協和の解消にあると思われます。
今回のテーマである「接客」は、購入プロセスの要素のひとつです。すぐに帰りたい人に長々とした「接客」をしたり、逆に情報を求めているのに何も提案がない「接客」をしたり、というのでは、来店者の《意図》とミスマッチであり、店舗での体験はネガティブなものになってしまいます。《意図》に着目するのは、「接客」の側面からも意義深いものであるはずです。
自己説得と他者説得 買い物プロセスと接客
前節からさらに押し進めて、もう少し、買い物プロセスと「接客」の関係について考えてみましょう。『説得技術のプロフェッショナル』(ダイヤモンド社)に、こんな逸話が紹介されています(pp.36-38)。
「お客さまは、数ある自動車メーカーのなかでも、どうしてうちのクルマに目を留めてくださったのでしょうか?」
(中略)
質問された顧客は「そういえばどうしてかな?」と、A社のクルマの優れた点を考え始める。「信頼性があると思うから」
(中略)
こうして顧客は、A社のクルマの良さを自分で自分に売り込み始める。
このように、購入を正当化した心理状態にある来店者との商談はスムーズに進み、成約率も高まることでしょう。自店舗のクルマを買うことを顧客自ら肯定するように後押しするのが、優れたセールスマンです …