海外の名選手が日本で活躍する姿を呼び水に、訪日需要が高まっている。
先鞭をつけたのは「水戸ホーリーホック」
Jリーグは、現在アジア戦略を推進しており、日本以外、特にアジアにもJリーグのファン基盤を拡大し、新規市場を開拓することに力を注いでいる。特に、人口増加と経済成長が著しく、サッカーの人気が圧倒的であるASEAN(東南アジア諸国連合)各国を第一のターゲットとし、そこでのJリーグの露出拡大、認知度、関心度の向上を目指している。
具体的な戦略の一つが、ASEAN各国のスター選手をJリーグに呼び込み、彼らの日本での活躍を通じてJリーグを知ってもらい、ファンになってもらおう、という目論見だ。
かつて三浦知良選手や中田英寿選手がパイオニアとして欧州に渡った際、日本のファンは、テレビに食い入るように彼らの活躍を見て、応援した。次第に彼らが所属するチーム名やホームタウン名(伊ジェノバ、伊ペルージャ)までもが、日本で有名になった。
遠い欧州の地で日本人選手が活躍するようになると、テレビで観戦するだけでは収まらず、現地へ観戦に旅行する人々が増えた。それも観戦ツアーまで組まれるほどだった。
いま、同じ動きが日本(Jリーグ)とASEAN各国の間で起きている。
2016年、Jリーグ2部(J2)に所属する「水戸ホーリーホック」は、同クラブ初となるベトナム出身のグエン・コンフォン選手を獲得した。
背景には、茨城県が2014年にベトナム政府と農業での協力を骨子とした覚書を交わすなど、ベトナムとの関係強化に力を入れていたことがある。同国から多くの農業研修生を迎え入れる県としては、地元のプロクラブである「水戸ホーリーホック」でベトナム人選手が活躍していれば、当然、母国を同じくする研修生は喜び、彼らの故郷においても茨城・水戸の名が広く知れ渡ると予想した。
コンフォン選手が水戸に加入すると、想像以上の効果が現れた。同選手の入団によって、連日のように「水戸ホーリーホック」の名前がベトナムのテレビやWebメディア、新聞、雑誌で報じられたのだ。
国営放送局VTVは東京に支局があり、わざわざ水戸まで試合や練習の取材に訪れるほどの力の入れようだった。また当時、ベトナムでのJリーグの試合中継はなかったが、コンフォン選手が加わって以降、水戸でのJ2リーグの試合が毎週放送された。
結果、「水戸ホーリーホック」はベトナムで最も有名なJクラブとなり、チーム名にホームタウンの名前が入っていることから、「MITO」という言葉が同国中のメディアを駆け抜けた。
ベトナムからの注目度が想像以上に高かったことから、茨城県は2016年、コンフォン選手を「いばらきベトナム交流大使」に任命。同選手を通じてシティプロモーションを強化した。
さらに、ベトナム国営の航空会社であるベトナム航空は、「水戸ホーリーホック」の2016年シーズン終了までのユニホームスポンサーに。さらにベトナム・ハノイ空港から茨城空港へのチャーター便が運行した(現在は終了)。「水戸ホーリーホック」試合観戦ツアーがベトナムにて売り出され、ツアーに参加した73人に加え、日本在住のベトナム人を無料で招待したため、合計400人を超えるベトナム人がスタジアムに来場し、コンフォン選手を応援した。この試合は、総入場者数の約1割がベトナム人という、Jリーグでも初の事例となった。
このベトナムからの観戦ツアーは、スポーツ庁や文化庁、観光庁が発表した「スポーツ文化ツーリズムアワード2016」にも入選し、国の進めるインバウンド(訪日外国人客)施策に資する、優秀な取り組みとして認められた。
インバウンド需要は通常、大都市に集中しがちだ。しかし、水戸という地方都市のサッカークラブに、ベトナムの人気選手という強力なコンテンツが存在することで、これだけ多くのベトナム人が水戸を訪れた。しかも、サッカー観戦を契機に周辺の観光資源をも巡ったのだ。図らずも、新たなスポーツツーリズムのあり方に先鞭をつけた。
タイでも同様の例 これは偶然ではない
2017年には、タイのメッシと呼ばれ、現地で抜群の人気を誇るチャナティップ・ソングラシン選手が「北海道コンサドーレ札幌」に加入した。これを機にタイでのJリーグへの関心が急上昇している。チャナティップ選手の活躍も後押しとなり、2018シーズンは、同選手を含む5人のタイ出身選手がJリーグに所属する。
前述のベトナムのVTVと同じく、タイの有料テレビ放送局大手のトゥルー・ビジョンでは、毎週Jリーグの試合が生中継されている。また、「北海道コンサドーレ札幌」のほか、タイ人選手が所属する「ヴィッセル神戸」「サンフレッチェ広島」にはタイメディアの記者が駐在し、本国に向けて毎日Jリーグのニュースを発信している。タイにおけるJリーグのメディア露出は格段に増加していると言えるだろう。
近年のタイにおけるJリーグの認知度調査を実施したところ、2017年7月調査時に55%だった認知度は、2018年2月調査時には64%まで伸長した。これは同時期に調査した他国リーグと比べても、最も大きい伸び幅であり、イタリアのセリエAや、フランスのリーグ・アンの認知度をしのぐ数値となった。
また、タイのJリーグ関心層では、地名としての「札幌」の認知率は9割を超えるが、他方、同国一般層の認知率は82%で、「北海道コンサドーレ札幌」や、チャナティップ選手が「都市・札幌」の認知率を引き上げていることになる …