ことし5月にEUが施行した一般データ保護規則は、対岸の火事ではない。そのあとにひかえる「e-プライバシー規則」とともに、オンライン広告、特にダイレクトマーケティングに大きな影響を及ぼす見込みだ。メディア美学者で、クオン ベルリン支局長の武邑光裕氏が解説する。
オンライン黙示録
「我々はインターネットの終わりを知ることになる」と述べるのは、ドイツのオンライン広告業界を代表する「デジタル経済連邦協会(BVDW)」の副会長トーマス・ドゥーアだ。彼が予測する黙示録は、EU(欧州連合)が施行する「e-プライバシー規制」によって到来する。
EUが2018年5月25日に施行した一般データ保護規則(GDPR)には、実はもうひとつ、世界のオンラインメディア・出版・広告業界が、「悪夢」と恐れる実効規則が控えている。それが、「e-プライバシー規則」だ。
同規則は、GDPRを補足するため、欧州委員会と議会がすでに合意している法律だ。業界団体の猛反対とロビー活動によりEU各国との締結が遅れているが、2019年5月末までには施行される見込みである。
「e-プライバシー規則」が施行されると、ドイツだけで15万人の雇用が危険にさらされ、インターネット広告に依存する企業の損害は年間3億〜5億ユーロ(約646億円)に達すると予測されている。デジタル経済連邦協会は、「e-プライバシー規制が導入されると、オンライン広告の売上高が35%減少する可能性がある」と指摘している。
ターゲティング広告の死
「e-プライバシー規則」は、GDPRの急先鋒である。この規則の重要な点は、個人データを、コンテンツデータだけでなく、メタデータを含むとし、個人データ保護の適応範囲を明確にした点だ。
コンテンツデータとは、ユーザーのテキストメッセージ、画像など。一方のメタデータとは、データに関するデータとも呼ばれ、Webページであれば、キーワード、クッキー、ファイル・フィンガープリント(個人識別とコンテントの同一性保持の確認)などがメタデータだ。
メタデータは、広告配信企業のみならず、世界中のあらゆる企業にとっての金鉱であり、ネット上で誰かを特定し、追跡し、その人の行動を分析する事業者やアルゴリズムにとって不可欠な情報だ。こうしたデータの収集や、GDPR以上に厳格な規制によって制限されれば、ターゲティングやレスポンス広告には存亡の危機が訪れる。
この規制の影響が世界の広告市場全体に及ぶのは避けられない。ユーザーの行動に基づいたターゲットやレスポンス広告は事実上消失するかもしれない。表示広告やアフィリエイト広告も、急激に減少すると見込まれている。その結果、ソーシャル・ネットワークはもちろん、世界のメディア業界、アドテクノロジー企業やデジタル広告業界に市場淘汰が起きることは避けられない。もちろん、欧州から9000キロ以上離れた日本への影響も甚大である。
日本の覚悟
日本政府はEUからの「十分性認定」を近い将来獲得する見込みだ。そうなれば、EU市民の個人データの越境が可能となる。しかし、認定を歓迎する日本の立場はより複雑となる。というのも、十分性認定を受ければ、EU法を遵守する責任と義務は一層強化されるからだ。
日本でもGDPRと「e-プライバシー規則」が事実上、遵守義務となれば、結果、日本の十分性認定は、改正個人情報保護法をさらにアップデートすべきとなる。なぜなら、EU水準の個人データと電子プライバシー保護に準拠しなければならないからだ。
EU内の5億人を超える市民だけでなく、e-プライバシーは、GDPR同様、その影響は世界の事業者に及ぶ。e-プライバシーの衝撃は、いわゆるトラッキング、すなわちユーザーのサーフィン行動を追跡することが、現実的に不可能となるということだ。
そのため、EU議会は世界中の業界団体からの集中砲火を浴びてきた。それにも関わらず、欧州委員会と議会はこの規制の生命線を死守している。その理由こそ、今後のインターネットの行方を左右する重要な論点である。
GDPRによる莫大な制裁金を盾に、個人データの「不正」な収集を入り口で阻止するのが、e-プライバシー規則の最大の効力である。EUはなぜトラッキングやレスポンス広告技術を排除しようとしているのか?
企業と消費者
インターネット上に生まれたソーシャルメディアが、100年続いた広告とメディア、そして消費者の三体関係に変化をもたらした。コンテントは従来メディアの占有物ではなくなり、ソーシャルメディアは消費者自らがコンテントを生成する集合体となった …