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内容のないロジックは空虚であり、真理のない直観は盲目である──広告表現は、はたしてウソなのか、それとも。人工知能が突きつけるのは、わたしたちが人間性をどのように扱うかという難題でもある。電通の古川裕也氏が語る。

電通 CDC エグゼクティブクリエーティブディレクターを務める古川裕也氏。最近では「GINZA SIX」のローンチキャンペーンを手がけた。

─ここのところ、«ウソ»にまつわるニュースが世間をにぎわせています。広告もある意味では«ウソ»なのかもしれません。

フェイク・ニュースは、広告で言えば、いわゆる虚偽広告と同じで、議論の余地なくダメに決まっています。広告はクライアントとカスタマーの間に位置する仕事なので、«ゲス»は絶対禁止です。ウソは、ブランドの生命を絶ってしまいます。クリエーティブとフェイクとは本来真逆のものであるはずです。

広告は、ファクトから離れては成立しません。ただ、ファクトをそのまま伝えるのは、表現者の仕事ではない。そのファクトが存在することでいったい何が起きるのだろう、世界にどんな新しいことをもたらすのだろう、という風に考え、何らかの仮説を立てて、コミュニケーションするのが、クリエーティブの仕事です。

すでに確定したものに関する仕事ではなく、いままでに提示されていない何かをつくり出す仕事なので、そういう意味では虚実に分ければ、虚の要素も含まれます。«真実に到達するためのウソ»──多くの表現がこのルートを使います。

人類最初のフィクションは、民族それぞれが持っている神話でしょう。世界ははじめ神と巨人と小人でできていたとか、髪の毛がぜんぶ毒蛇で会った人みんな恐怖で硬直してしまう女性とか、ま、ウソホントに分ければ、どちらかは明らか。けれど、この荒唐無稽な物語やキャラクターが、民族の集合的無意識の核に存在し続けています。

このことが、事実を並べただけのコミュニケーションでは不可能な、イメージのかたまりによる、深く全的な受容を可能にするフィクション、あえて言えば«ウソ»の力を証明しています。この「言語化できないけれど、私はぱくっとすべてを受け入れました」という状態こそ、ブランディングが獲得すべき地点です。ヒトがブランドを受容するのは、左脳的ではなく右脳的に、頭脳的ではなく身体的に行われます。

フィクションは仮説であり、多様なものの見方、考え方を提示するための有効な方法です。それは、この世にひとつしかない«正解»を出すこととは真逆の仕事です。答えより質問のほうが実は重要なのです。我々はともすれば常にひとつだけ正解があるという前提に立ってしまいがちです。

─そうした状況におちいってしまうのはなぜでしょうか。

ソリューションという言葉が、あたかもただひとつの正解を出す行為のように思われてきたからでしょう。課題と解決との1対1対応の仕事であるかのように。正解がたったひとつしかないと思い込むのは、ある意味、知的怠惰の表れだと思います。

いままでほんとに課題解決足りえていたものが、どれくらいあったのか。本来ソリューションとは、点ではなく線の概念のはずです。ブランドの半永久的な進化のための継続的な活動であるはずです。

このお題に対してとりあえずこのソリューション・アイデアで一見鮮やかに答えた。えらいえらい。という、1対1対応のような図式的なやり方は、僕たちの仕事を痩せさせていくと思います。

世界は広告業界が思っているほど単純ではない。なのに、無防備にソーシャルなことを解決したと言いすぎです。それこそ、いちばんみっともない«ウソ»です。

答えのない世界で、生きているということ。その中から問題を発見して、少しずつでも、時間がかかっても、本質的に課題を解決していくこと。それが僕たちの仕事だと考えた方がいいと思います …

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