1716年創業の中川政七商店は、手積み手織りの麻織物の老舗であり、全国に直営店を50店舗以上展開している。老舗ながら『302年めのスタートアップ』としてデジタル化を進める同社は、どんな「未来型店舗」の青写真を描いているのか。マーケティング全般を担う緒方恵氏に、その構想を聞いた。

まず着手したのは組織図 効率化を実現する最短ルート
「店舗をアップデートする際は、まず組織図を見直すべきです」と、中川政七商店でマーケティング全般を担当する緒方恵氏は話す。たしかに、組織図が現状にマッチしていないと、時間とコストがかさむばかりで効率化できなさそうだ。
「Webキャンペーンを実施する時に、チラシなどアナログな販促ツールを担当する部署がデジタルマーケティングを担当する部署と分離していると、それだけで情報共有にコストがかかります。できるだけ統合して一元管理すれば、実行スピードが上がって運用コストが下がります」
同じチームで運用すればPDCAサイクルを回しやすく、効果計測から改善までのブラッシュアップもスムーズだ。緒方氏は、「組織図とはスピード感を高めるための設計図でもあり、効率化を目指すべきもの」と語る。部署を細分化すればするほど、予算も細分化し、連携プレーの妨げになる。
「マーケティング担当者がどれほどすばらしい企画を考えても、組織として機能していなければ、その企画を通すまでに会議を何時間も重ねなければならず、スピードもパフォーマンスも一気に落ちます。マーケティング担当者に必要なのは、そうした精度の高い会議資料を作る時間ではなく、脳みそを使う時間です。社内でかかるコストをどれだけ少なくするか、という組織デザインが最も重要。とは言うものの、スタートアップではない大企業の場合はそれはとてもハードルが高いものでもあります。ゆえにマーケター力とは往々にして横断力でもあるのです」
緒方氏は、中川政七商店の入社前、当時の組織図の開示を求めた。「Webマーケティングの課題を解決したい」との要望を受け、まず組織図の改善から着手したのだ。「当時はデザイナーやVMD(ビジュアル・マーチャンダイザー)が在籍する中川政七商店の店舗ブランドユニットがあり、そのほかに販促、制作チームやEコマースを担当する部署、卸売などの生産管理関連の部署などがありました」
緒方氏の役割はデジタルマーケティングを主導すること。そこで、緒方氏のもとに販促からソーシャルメディア、Webサイトの運用をすべて担当するデジタルコミュニケーション部を新設し、Web上のコミュニケーションを一元管理できるように整えた。まだデジタル化が進んでいなかった同社の社員たちの意識を変えるため、部署名にはあえて「デジタル」という単語を入れたという。
「正直、部署名にわざわざ"デジタル"を入れるのはある意味時代遅れでもあるのですが、ストレートに"デジタル"と表記することで『これからデジタル化を進めていくんだな』と、社員の意識統一にもつながります。これまで重視されなかったデジタル化を重要だと認識させることが最高デジタル責任者としての取り組みであり、今後、中川政七商店のステータスとすべき事項でもありました」
デジタルコミュニケーション部の立ち上げは、Webコミュニケーション教育のスタートでもあった。一般ユーザーがWebを使いこなしているいま、Webコミュニケーション担当者も実際に手を動かしながら肌感覚でWebコミュニケーションを会得する必要がある。ソーシャルメディアのアカウント新設から始まり、継続的に運用して部署全体でノウハウを蓄積している。
課題にぶつかった時が組織改編のタイミング
中川政七商店ではかつてブランド単位で組織を編成していたため、キッチンチーム、アパレルチームなどカテゴリーごとに担当チームが異なっていた。それゆえ、それぞれの商品を別々に同じ工場に発注しているケースなどもあり、非効率を生んでいた。
そこで、組織図を「作り手」「売り手」「支え手」と機能別に分けることにした。「作り手」は商品企画・発注を、「売り手」は店舗・卸売・ECを、「支え手」は管理・物流・倉庫を担当。これにより商品開発から販売、発送までを一貫して行えるようになり、効率化とコスト削減につながった。
「商品企画の段階から『売り手』と『作り手』も会議に出席することで、スタートからゴールまでの経路を明確にして、商品を作れるようになります。商品ができてから売り方や届け方を考えるのではなく、売り方や届け方をイメージしながら商品を作る。たとえば、『売り手』が『こういう商品はこういう切り口じゃないと注目されない』『こう書けないとプレスリリースが読まれない』などと、最初から意見を言えば、より精度の高い商品開発が可能になります」
中川政七商店は緒方氏が入社してからすでに2回の組織改編を行い、ことし3月には上述の改編を実施予定だ。改編時に最適だと思われる組織図にしても、運用するうちに新しい課題は必ず出てくる。「課題に直面したら、そのつど課題をクリアするための組織図をイメージするべきだ」と緒方氏は言う。
「運用がうまくいかないと、その分コストがかかります。組織改変は運用コストをゼロにする手段のひとつ。私は課題が見えた時には必ず引き継ぎコストや組織図を整理し、見直しています」
組織の一体化がスピード感を高める
「理想を言えば、実店舗で得たユーザーの声が『作り手』に直接届き、すべての商品がWebとリアルで垣根なく展開することです」と緒方氏は話す。これまでは、マーケティング担当が打ち出した施策を、店舗側のマネジメント担当者が店舗スタッフに落とし込むという流れが一般的だった。しかし、人を介するたびに情報の濃度や精度、そして熱量が落ちる …