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部下と上司の「販促入門」

数字だけが人間のすべてではない「インサイト」を正しく活用する

デコム 大松孝弘氏

「インサイト」は、マーケティング、プロモーションで必ずと言っていいほど登場しますが、頻出するわりに意味のとりづらい概念でもあります。改めて「インサイト」について学び直し、「頭の中だけで考えられたお客さまの声」にまどわされて、右往左往することのないようにしたいものです。

「消費者の声」でモノが売れた時代は過去のこと

数年にわたる景気の上昇、企業業績は伸びている、との報道がありますが、ビジネスの現場では「思うようにモノが売れない」という悩みをお持ちの方も多いと思います。

では、何をすればいいのか?どんなところに手がかりを求めればよいのか?といった「アイデアの出発点」は、どこに設定すればいいのでしょうか。そんな問いへの答えとして最初に思い浮かぶのは、「消費者の意見を聞くこと」です。

商品を購入するのは消費者なのだから、まず消費者に聞くのが当然。そこからヒントを得て、新たなプロモーションのアイデアを生み出そう、と考えるのは、自然で当たり前の考え方なように思われます。

* * *

ここまでお読みいただいて、「その通り!」と疑念を抱くことのなかった方は、いますぐに意識を改めたほうがいいかもしれません。

実は、消費者の意見を聞くことでモノが売れた時代は、もうとっくに終わっているのです。「あなたがいま、欲しいものは何ですか?」⋯そんな質問をしても、売るのに役立つ回答は返ってこない。そのように考えるべきです。

有名なエピソードがあります。日本マクドナルドの社長が原田泳幸氏だった頃のお話です。マクドナルドについてのアンケートやインタビューをすると、利用客からは、必ずと言っていいほど「ヘルシーなメニューが少ないので導入してほしい」「サラダを入れてほしい」という声が寄せられたといいます。

そこで、その意見を参考にして「サラダマック」を新メニューとして導入しました。しかし、あれだけ要望されていたはずなのに、支持は得られずじまい。あえなく終売となってしまいました。

一方、その後に発売された肉の量がたっぷりの「クォーターパウンダー」や「メガマック」は、ヘルシーとは正反対の商品であるにも関わらず大ヒット。ブームを巻き起こしました。

消費者の声を聞いて作った商品は受け入れられず、その声とは真逆とも言える特徴を持った商品が大ヒットする。消費者の声をそのまま受け入れてもヒットは作れない、ということを物語るエピソードです。

外から見ていれば「ふむふむ」とうなずけるようなことも、いざ自分が当事者だったら、と想像してみてください。「消費者の声」に従ってヘルシーなメニューを作った可能性は、あなたにも十分にあるのです。

人間の実態は気まぐれで非合理的 裏腹な言葉と行動

このような「言葉と行動のギャップ」はどうして生まれるのでしょうか。「行動経済学」が、そういった現象を理解する手立てになります。同分野は、2017年度ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授が研究していることで改めて注目を集めています。

「行動経済学」は、心理学の理論や分析の手法を採り入れて、人々の経済行動などを解明しようとする学問です。伝統的な経済学は、理論の前提として、「合理的経済人」と呼ばれる仮想的なモデルを置いています。このモデルでは、「人間は常に、合理的な意思決定を行うものだ」と考えます。たとえば「人はいつでもよい物を安く買おうとする」といったことです。

しかし、人間がいつでも合理的な行動を取るとは限りません。むしろ合理的とはほど遠く、気まぐれでいいかげんさがあって当然とすら考えられます。にもかかわらず、人間は自分自身に対する質問に答えるときでさえ「合理的でない自分」を認めようとしません。非合理的な行動が当たり前なのに、アンケートやインタビューで質問されると、その時は頭の中でつじつまを合わせて合理的に答えてしまうのです。

先に紹介したマクドナルドの例も、「マクドナルドでヘルシーなものが食べたい」というのは、思考の中だけのねつ造された回答です。「こういうふうに考えるのが正しい」「こう答えておけば大丈夫」といった考えが頭の中に巡った結果なのです。

そのような「消費者の声」を当てにして何かを考えようとしても、実際に役に立つ答えは得られないのは、不思議ではありません。

人を動かす隠れた心理「インサイト」に着目する

そんな消費者の声に頼るのをやめて、売るためのアイデアを生み出すヒントになるのは何でしょうか?「インサイト」がその答えです。

インサイトとは、人を動かす隠れた心理です。動かしたい人(=ターゲット)のインサイトを刺激することができれば、その人を「欲しい」「買いたい」という気持ちにさせ、行動につながります。

注目すべきなのは「隠れた心理」という部分です。人間に何らかの行動をさせる心理は、実は表には出てこないからです。

認知神経科学では、「人間が意識できる認知行動は全体の5%ほどで、意思決定や行動、感情のほとんどは、意識されない残り95%によって決まる」といった主張があるそうです(Szegedy-Maszak, US News & World Report, May 16, 2005)。人間が意識できる範囲は氷山の一角に過ぎません。

そしてインサイトは、95%の無意識に着目する考え方です。そこに隠れている「行動に影響を及ぼす心理」を探し出すことで、欲しい、買いたい、という気持ちを刺激できるのです。

無意識は3つに分けられます。まず「自分自身が気づいていない」心理。精神分析などで用いられる、無意識でも深い層にある心理です。次に「認めたくないので意識の外に追いやっている」という心理。心の奥底に追いやっている、また見ないようにしているもの。最後に「感じていることを言葉にできない」心理。自分の言葉で言語化できていない場合などを指し、意識に近くなります。

先ほどのマクドナルドに戻れば、インサイトは「分厚い食べ応えのあるハンバーガーを見せられると、思わずガブリとかぶりつきたくなる」でした。それが建前の「ヘルシーでなければ」という意識に隠れていたのです。

不満や欲求のエッセンスとそれを満たす価値提案

インサイトは、アイデアを産み出すために用います。インサイトとアイデアの関係は次のようになります。

インサイトは人を動かす隠れた心理であると説明しました。そのインサイトを基にした隠れた不満や欲求のエッセンスを「キーインサイト」と呼びます。

そして、そのキーインサイトの不満や欲求を充たす価値提案を「バリュープロポジション」と呼びます。キーインサイトは消費者側の持つ心理、その心理に応える企業側からの提案がバリュープロポジションという関係になります。そして、そのバリュープロポジションから導かれる「価値を体験させる具体策」が「アイデア」になります(図1)

図1 キーインサイトとバリュープロポジション

具体的な例で説明しましょう。ネスレ日本のキットカットのプロモーションの事例です。キットカットのターゲットは高校生であったため、企画したチームは彼らのインサイトをリサーチによって探索しました。その結果、次のようなインサイトをつかむことができました。「受験・恋愛・友人関係の悩みで、毎日ストレスだらけだ。でも、勉強の合間に一息入れるとき、キットカットをパキッと折ると、心がふっと軽くなり、そのストレスから解放される」

これは、高校生にとってキットカットの価値をどのように感じられているかを示しています。同時に、その背景にあるのは、高校生が毎日大きなストレスを感じていて、その中でも受験という存在が大きいということでした。

このインサイトから導かれるキーインサイトは、「休憩の時まで、受験のストレスを引きずってしまう」です。そして、その不満を解消する価値として提案できるバリュープロポジションが「パキッと折ると、受験のストレスから心を解放する」でした。

この価値提案の「受験のストレスからの解放」というポイントに着目したアイデアが「受験生応援キャンペーン」でした。最初はマス広告を一切使わず、ホテルで受験生に「KITサクラサク」というメッセージカードと一緒にキットカットをプレゼントする、というもの。これが好評で、受験生を応援する企画が広がり、キットカット自体もターゲットの心をとらえたブランドとして再生したのです(図2)

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