実店舗とECをシームレスにつなげ、消費者にとっての利便性向上がひたすら追求されてきた昨今。しかし、アウディジャパンの井上大輔氏は「オムニチャネルからルート・トゥー・マーケットの最適化へ」と提唱する。いま求められるマーケターの発想の転換とは。
オムニチャネルが昨今盛んに議論されるようになった背景
「Eコマース(EC)と実店舗」、などという時に、「実店舗」を英語では、B&M(ビー・アンド・エム/ブリック・アンド・モルタル)と言います。「レンガとモルタル」と言う意味ですが、これに対していわゆるオムニチャネルのことを「クリック・アンド・モルタル」などと呼んだりします。この言葉はとても古く、インターネット登場直後のEC黎明期にはもう使われていました。
実店舗とECを組み合わせてそれぞれの良さを生かし、いずれも活用していこう、というのはごくごく当たり前の発想で、ことさら新しいものではありません。それが昨今なぜ「オムニチャネル」などと呼ばれ、ひんぱんに議論されているのか。それは、ひとえにサービス提供側であるメーカーや小売りの意識が変化したからにほかなりません。
日本のEC化率は、イギリスや中国などEC先進国と比べるとまだまだ低いですが、それでも業種や商品カテゴリーによっては、ECはもはや亜流とは言えないレベルにまで高まっています。そんな中で、“エイリアン”として社内でも別組織で扱ってきたECを、メインストリームの実店舗と融合させようとする意識がサービス提供者側に出てきました。
それこそオムニチャネルが活発に議論されるようになってきたことの背景です。発想のスタート地点は消費者視点ではなく、サービス提供者視点です。試しに、家族や友人など身近にいる人で、マーケティング関係の仕事をしていない人に「オムニチャネル」という言葉を知っているか聞いてみてください。正確な意味を答えられる人は少ないはずです。
購買チャネルの選択は多くの場合、購入オケージョン(時間・場所・場合)に規定され、かつ店舗単位で行われます。お世話になった年配の方への贈り物を購入するのであればあの百貨店。日用品のまとめ買いなら週末にあのスーパー。また同じ商品カテゴリーでも、オケージョンが異なると購入チャネルは異なります。
たとえば同じ「食材」を購入するにも、普段の食事の用意であればあのスーパー、特別な日の食事の準備であればこのスーパー、週末のホームパーティーの仕入れであればそのスーパー、といった具合です。これらはすべて実店舗をイメージした例ですが、ECにもECと一括りにされる中にはさまざまなチャネルがあり、その選択はオケージョンごとに、かつ実店舗も含めた無数の選択肢の中から行われます。
問われるのは独自性 カギは「特別な購入体験」
ECの黎明期には、メーカーも小売りもとにかくECの世界に飛び込むことが主な問題意識でした。メーカーはECの流通経路を新たに開発し、小売はECサイトを立ち上げました。その後、消費者の購買行動が、実店舗とECをまたぐクロスチャネルで行われることが明らかになり、ECが実店舗と比肩しうる規模に拡大するにつれ、オムニチャネルがうたわれるようになりました。
メーカーは直接の売り上げのみならず口コミ検索などを意識してECチャネルを活用するようになり、小売りはECで注文したものを実店舗で受け取るなどチャネルをまたいだ利用者の利便性を追求するようになりました。そしていま、必要とされているのは、そこからさらに一歩踏み込み、商品やサービスの価値を消費者に届けるための「ルート・トゥー・マーケット」を最適化する、という視点です。
●メーカー視点
まずはメーカー視点の話です。「紅茶(茶葉)」という商材を例にとると、同じ茶葉を使っていても、「普段使い用のティーバッグ」「缶入りのリーフ」「ギフト用の缶入りリーフ詰め合わせ」など、メーカーはさまざまな価値を持つ商品を作ることができます。茶葉が同じでも、商品名やパッケージ、価格設定、コミュニケーションでそれぞれ別々の商品価値を規定するわけですが、「ルート・トゥー・マーケット」もそのレシピに組み込まれるべきです。
たとえば、「ギフト用の缶入リーフ詰め合わせ」であれば、「ふだん使いのティーバッグ」を展開するスーパーや「缶入りのリーフ」を展開する専門店には流通させず、セレクトショップの雑貨コーナーで取り扱ってもらう、という選択肢があるかもしれません。
これは何も新しい話ではありません。伝統的なマーケティングの4Pには「プレイス=販路」が含まれているからです。しかし、これまで販路をマーケティングの一要素としてコントロールできるブランドは多くはありませんでした。小売りの新しいプレイヤーはそれほどひんぱんに登場するものではなく、流通経路は卸売りなどを含めて半ば固定化されていたことが理由の一つです。
また、新規のチャネル開発は営業部門が担う全社単位の活動であることが多く、それゆえ既存の販路との関係性なども考慮されます。特に日本では、販路は可変のものであるというメーカー側の意識が希薄でした …