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店頭演出・ポップアップストア 心躍る 体験企画

今企業に求められているのは、ブランド価値を「再編集」すること

藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂)

消費者にブランドを直接体験してもらう場として注目されているポップアップストアだが、それはあくまでも手段にすぎない。本来の目的を達成させるために知っておくべきこと、考えるべきことは何か。「ピノフォンデュカフェ」「Lipton Fruits in Tea」などを手がけるハッピーアワーズ博報堂のクリエイティブディレクター藤井一成氏に聞いた。

最大2時間待ち。2カ月間、絶えない行列が話題になった。

ブランドの持つ価値を、"いま"の世の中に合ったものに編集し直す

まず前提としなければならないのは、ポップアップストアは体験ブランディングという戦略における手段のひとつということです。マーケティングの課題の本質は、認知を広げることではなく、実際に商品が売れたり、お客さまが来てくれたりと、物理的に人やモノが動くことです。

人がモノを買う構造は変化しています。

かつては、商品やサービスの進化が社会の進化そのものでした。新商品や新サービスがそれまでできなかったことを可能にすることを伝えられれば、人はそれらが実現してくれる深化に価値を感じて買いたくなるというシンプルな構造でした。

しかしモノの性能が成熟したいま、人はさほど生活に不便さを感じることなく、ある程度満足しています。

加えて、メディアが細分化したこともあります。みなが同じ情報を受け取るのではなく、膨大な量の情報から自分の欲しい情報だけを得るようになり、それぞれの価値基準でモノを選ぶようになりました。

企業が「売る」から、消費者が「選ぶ」時代に市場の構造が変化したのです。

価値の送り手である企業の技術はどんどん進化していますが、受け手との間で何らかのズレが生じている。これを解決するためには、企業の持つ価値を"いま"の消費者の価値基準に合ったものに編集し直すことが重要です。

価値には、楽しい、ワクワクする、気持ちいいなど流行に左右されない感情を揺さぶる普遍的な価値と、ソーシャルメディアに投稿したくなる、写真に撮りたくなる、人に話したくなるといった、行動を促す流動的な価値があります。行動を規定する価値基準は時代とともに変化し、またターゲットによっても大きく異なります。"いま"の消費者から「選ばれる」ブランドになるため、この両方の価値をしっかりと捉えるべきです。

体験ブランディングは企業の本質的な価値から

再編集した価値を伝える手法の一つが、ポップアップストアに代表される体験ブランディングです。わたしは、ブランドが「消費者の感情を揺さぶり、共感を生む体験価値を提供することで、感情的な結びつきを築くこと」を体験ブランディングの定義としています。

「モノからコトへ」と言われるようになって久しいですが、売るまではあくまでもモノだった商品が、人が手にした瞬間からブランド体験、つまりはコトのストーリーが始まる。届いた先の体験こそがそのモノの本当の価値を体感できる時間なのです。いまやモノの価値は人とブランドが共に生み出すもの。そしてそのブランド体験や経験の質の良し悪しが、ブランドの良し悪しになる。企業と消費者はもはや一体となって、そのモノの存在価値をつくっています。

体験ブランディングの中でもポップアップストアは、店舗に来店した人たちの笑顔や熱量が最もわかりやすいリアリティーの高いエキサイティングな場と言えます。

しかし体験ブランディングには、ほかにもワークショップを開催したり、サンプリング、映像やグラフィックを活用したクリエイティブまでさまざまな手段があるため、ブランドや商品に合わせて適切な手法を選ぶことも重要です。

注意したいのは、体験ブランディングで一時の感情の揺さぶりを起こしたいがためにブランドや商品の本質価値から外れてしまえば、本来のマーケティングの目的から外れ、結果的に失敗してしまうということ。

体験ブランディングを行う際には、ブランドや商品の本質的な価値を徹底的に煮詰めて磨き上げ、世の中に合った価値に再編集することがとても大切です。

ポップアップストアも「短期間で多くの人に来てもらいたい」「話題をつくりたい」という気持ちから、さまざまな企画を盛り込んでしまい、ブランドの本質価値を見失いがちです。ポップアップストアの盛り上がりは一過性のものですが、ブランドのマーケティングはその先も続いていくため、価値の再編集は慎重にやらなければブランドを毀損してしまいかねません。

その上で、再編集した価値を評価する物差しのひとつは、ターゲットがお金を払ってでも、時間をかけてでもやりたい、取り入れたいという欲求を抱くかどうか。

そして、その期待を越える強い体験価値を提供できれば、すべてを言い尽くした感のある商品にも、消費者との関係を一気に親密なものにできる可能性があるということ。そして成功すれば、商品やブランドへの支持は、ユーザーの編集した熱のこもった感動の声となりソーシャルメディアなどを通じて拡散され、個の体験価値が世の中の共有価値になる。

その共有価値がブランドの本質的な価値に基づいていれば、マーケティングの歯車までも廻し、モノの経済活動を活性化させるパワーを秘めているのです。

ポップアップストアの設計に必要な2つのクリエイティブ

ポップアップストアを設計するためには、主に体験クリエイティブと情報クリエイティブの2つが必要です。体験クリエイティブでは、空間設計やメニュー、オペレーション、店内に流れる音楽やスタッフのふるまいなど、来店客が触れるありとあらゆるものをブランド体験として設計しなければなりません。

一昨年の夏、森永乳業のロングセラーアイス「ピノ」のポップアップストア「ピノフォンデュカフェ」を開催しました。ピノの本質価値は、バニラアイスとそれを覆う薄いチョコの絶妙な比率と、ひと口サイズゆえに家族や友人と一緒に食べた、ファミリーアイスとしての楽しい記憶を持っていること。ピノフォンデュカフェでは、このピノならではの価値をもう一度顕在化させることを狙って体験クリエイティブを設計しました。

メニューは「ピノフォンデュ」たったひとつ。裸のアイス玉をチョコソースにフォンデュしてデコレートし、自分だけのピノをつくるというものです。アイスにチョコをフォンデュすることで、バニラアイスとチョコでできているというピノの変わらない商品価値を改めて理解し、さらに自分流にデコレートすることで愛着が生まれます。

また、実際「ピノフォンデュカフェ」には友人同士や家族で来られた方が多かったのですが、ピノを仲間と一緒に食べるシーンそのものがピノならではの本質価値の呼び起こしにつながりました。また、仲間との楽しくて、カワイイピノ体験は、セルフィーを誘発し、新たなピノの記憶としてソーシャルメディアに刻まれました。

一方、情報クリエイティブで設計するのは主に2つ。ひとつは、ポップアップストアの開店前の告知で、純広告ではなく広報を使って行います。この際、ターゲットが明確なメディアで、そのターゲットに向けて編集を加えた記事にしてもらうことがポイントです。そのために、リリースの文脈はメディアごとの視点を取り入れられるように余白を残しています。

もうひとつは、ポップアップストアの来店客が発信する情報の設計です。開店後は体験者一人ひとりがメディアになるため、彼らのトークバリューをしっかり設計することが重要です。トークバリューの設計には、自分なりの情報を付加してもらえるような余地を残すことも大切です。

たとえばメニューのカスタマイズという体験で、自ら考えて選び、つくったことが自己表現となり、発信したいという気持ちにつながります。

メディアの記事もポップアップストアでの体験も、自分たちの方に向いているとターゲットに感じさせることが重要です。「自分たちが理解しやすい言葉づかいや表現で編集されている」と思うことがリアリティにつながる。どちらも基本設計はシンプルにし、メディアや体験者が解釈を加えられる余白があることがブランドの体験価値の共創につながります。

ポップアップストアは、クリエイティブやコミュニケーション設計、マーケティング、ブランディングといったすべての要素が集約されていると言えます。ありとあらゆるものに気を配る必要がありますが、それができればポップアップストアの成功確率も上がるでしょう。

メニューは「ピノフォンデュ」たったひとつ。裸のアイス玉をチョコソースにフォンデュしてデコレートし、自分だけのピノをつくるというもの。

「ピノフォンデュカフェ」2015年の原宿店。3階店舗から1階まで長い行列が続いた。

目指すのは消費者の行動や習慣を変えること

ポップアップストアなどの手段を通して、商品の本質的な価値に気づいてまた使い始めてもらう、食べ始めてもらうというように、人の日常的な行動や生活習慣を変えることがマーケターの役割のひとつとも言えます。

昨夏に開催したリプトンのポップアップストアでは、「Fruits in Tea」専門店として、タンブラーに紅茶とフルーツを入れたものを販売しました。この企画は、日本の紅茶市場を拡大させる、という大きなマーケティング戦略の一環ですが、飲み方をアレンジできることに紅茶ならではの本質価値を見出し、この「in Tea」体験により、紅茶の固定イメージを打ち破ろうと考えました。

また、タンブラーを持ち帰ってもらうことで、自宅でもフルーツインティーをつくり、自宅や外出先で自分流の紅茶を飲むことがカワイイ、楽しい、美味しいという新たなパーセプション(認識)も生まれ始めました。最終的には紅茶を日常的に飲んでもらい、習慣化することを目指しています。

このように、少しずつでも日常的な行動や生活習慣を変えることができれば、結果的に大きな成果を生むと考えています。

ピノは「ピノフォンデュカフェ」を開催した2年前に、発売以来39年目にして過去最高の売り上げを記録しました。

消費者の熱狂が顕在化することで、流通側も積極的に商談を持ちかけるようになり、テレビもひとつのコンテンツとして取材をする。ピノやリプトンが起こした街の騒ぎは、遊園地や花火などと並び、夏のエンターテインメントコンテンツとしてテレビの情報番組に多く取り上げられました。

モノとの出合いが今まで想像もしなかった体験や経験になれば、そこから新たな欲求が芽生え、ブランドも流通も動き始めます。

誰か一人が勝つのではなく、ブランド、流通、メディア、そして消費者のステークホルダー全員が幸せになるということ。それは、ブランドと人が強固な関係を築くことから始まります。

ことしも6月末にリプトン、7月にはピノのポップアップストアが開催されます。ポップアップストアはこれからもさまざまなものが企画されていくと思いますが、消費者とブランドの幸せなストーリーの始まりを予感させる体験が提供できれば、その先にあるマーケティングの大きな歯車を動かすことも可能になるのです。そのためにもいま求められているのは、ブランドのさまざまな要素をひもとき、価値の再編集を始めることではないでしょうか。

「Lipton Fruits in Tea」のメニュー。来店者にカスタマイズしてもらうことで、発信したくなる気持ちを喚起した。

ハッピーアワーズ博報堂
CEO/クリエイティブディレクター
藤井一成(ふじい・かずなり)氏

消費者とブランドに新たなエンゲージメントを生み出し、ブランドを次のステージに動かす。ATL~BTLの領域を超えて、エクスペリエンスデザイン、情報デザイン、コンテンツクリエイティブまで360ºのクリエイティブを行う。

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