美容室の「当たり前」が、訪問美容では「当たり前」でない─。高齢者施設で流れ作業のように行われている訪問美容の世界に、「原宿のサロン」のようなサービスを持ち込んだベンチャーが、成長をつづけている。
病院や介護施設、個人宅に出向いて散髪を行う「訪問美容」。湯浅一也氏が代表を務めるun.(アン)は、訪問美容を専門に行う「trip salon un.」を運営している。2016年の利用者は約7200人、2017年は1万人を見込む。
湯浅代表は北海道で生まれ育ち、美容の専門学校に通っていた時代から訪問型サービスに関心を抱いていた。
「お年寄りの多い地域だったので、雪の中でどうやって美容室に行っているのかと素朴な疑問があったんです」
専門学校を卒業後、自身の技術を磨くために東京・原宿の有名ヘアサロンに就職。訪問美容という事業のアイデアを温め続けていた。
「訪問美容の主流は、ブルーシートを敷いて鏡を置き、福祉の一環として行われているようなサービスで、流れ作業に近いものでした。お客様が『こうなりたい』というスタイルではなく、ただ髪を短くするだけ。これは『美容』とは言えないと思ったんです」
通常の美容室では当たり前のことが、訪問美容では行われていない。原宿のサロンの雰囲気を訪問美容に持ち込めば、チャンスがある。また、施設型の美容室に比べると、訪問美容は少ない設備投資で始められる。湯浅代表は2012年8月、un.を設立した。
un.の訪問美容サービスは、髪を切るだけでなく、リラックスできる音楽を流し、良い香りのするアロマを炊く。飾りとなるアイテムも用意し、部屋のディスプレイにもこだわる。
さらにポイントサービスなど、一般的な美容室で見られる施策を訪問美容にも積極的に導入。un.のウェブサイトには、スタッフが顔写真付きで紹介されているが、それも美容室の指名制にならったものだ。
「介護施設で日々を送る方にとっても、髪を切ることはイベントです。どうすれば楽しませられるか、感動してもらえるかを追求してきました。接客業は面倒なことをやらないと、良いサービスにはなりません。あえて面倒なことを買って出るようにしています」
un.は、病院や介護施設のほか、個人の利用者も開拓。リピート率は高く、個人の利用比率は増えているという。
湯浅代表は、業界全体のブランディングも狙っている。
「美容の専門学生で、訪問美容に憧れを抱く人は少ないでしょう。私が目指しているのは、訪問美容をカッコよい憧れの職業にすること。訪問美容で働きたいと思う人を増やしたいんです」
湯浅代表は経営者として、大きな夢を描いている。